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12.ソルア
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12.ソルア
目を開けるとソルアの光が部屋に差し込んでいた。
外では小鳥の囀る音が鳴り、一階の方からごとごと生活音がする。多分父さんだ。
この忙しない音からするに、朝食を焦がしたのかもしれない。
まだ眠たい目を擦ると僕は階段を降りて一階へと向かった。しっかりと油ワニスが塗られた階段は、力強く僕の体重を受け止める。
キッチンには父さんの姿があった。
「おはよう。父さん」
「ああ、ノエル。すまないがミラを呼んできてくれないか?鍋を焦がしてしまった」
その姿は例えるなら、まるで大きな獣が不器用に鍋をいじり回しているようだった。
僕は言われるまま家を出て庭に向かう。
朝の生まれたての空気は冷たいほどに澄んでいて、丁寧に植えられた花の花弁は朝露の宝石で飾られていた。
見渡すと、庭に一本だけ植えられているミクルの木のそばに母さんの姿があった。
体の線は細く、赤い髪は少し癖があり後ろで纏められていた。大きめのオリーブ色の瞳がソルアの光を受け優しく輝いている。
「あら、ノエル。おはよう」
「おはよう母さん。何してるの?」
「え?ああ、朝食用にミクルの実を使おうと思ったんだけど……二つ足りないのよ。おかしいわね。この前は確かに五つあったのに……小鳥が持っていちゃたのかしら?」
ふふっと微笑みながら母さんは振り返った。
「ごめんなさい……実を取ったの、僕なんだ」
僕はしょぼくれて答えた。
「あら!そうだったのね。何に使うの?」
「スピカっていう女の子にあげるんだ」
「スピカ?……そんな子この辺にいたかしら」
母さんは整った形の顎に人差し指を当て、眉根を寄せる。
「最近まで外に出てなかったんだって言ってた」
「ふーん……ねえ、その子ノエルの彼女?」
ニヤリと笑い母さんが意地悪に僕に言った。
「ちっ、ちがうよ!」
「ふふっ。冗談よ冗談!」
頬を赤くしてむくれる僕を見て母さんが笑う。
「その子、どんな子?」
「ちょっと恥ずかしがり屋だけど、とっても優しい子だよ。僕が森で助けてあげたんだ!」
「なるほど。素敵じゃない!スピカちゃんはノエルの大切な子なのね」
母さんはそう言うと僕の頭を優しく撫でてくれた。少しくすぐったくて、とてもいい匂いがする。
「そうなのかな?」
「ノエル。その子を大事にしなさい」
「……うん!」
僕は力強く答える。
「いい子……」
そして母さんは立ち上がって僕に背を向けた。
逆光に照らされ母さんの姿がよく見えない。
「じゃあ母さん、そろそろ行くね」
「行くって何処へ?父さんが呼んでたよ?」
穏やかな感覚は飛散し、代わりに黒く重い塊が体を包む。
「私は長くは此処に居れないの」
「待って!母さん!」
僕はもがきながら追いかけるが、鉛でも纏っているかのように一向に体が進まない。
「僕はソルアになるから!そしたら母さんの病気だって良くなるんだ!もう少し待って
!お願い……」
母さんの姿は少しずつ光の中へ溶けていく。
「母さん!」
目が覚めると僕は部屋の天井を見上げていた。
鼓動が高鳴り。頬は涙で濡れていて冷たかった。
カーテンの隙間から青白い光がぼうっと溢れている。
「灰の光で目が覚めたのか」
額に手を当てそう呟くと、窓にコツンと何かの当たる音が聞こえた。
音は二度、三度鳴った。何か小さくて固いものが窓ガラスにぶつかる音みたいだ。
生唾を飲み込み、そっとカーテンの隙間から外を覗くと、シャウラが手を振りながら合図していた。
腰にはランタンをぶら下げている。
「なんだ。シャウラか」
こわばっていた肩が一気に弛緩した。僕も腰にランタンをくくりつけて外へと出ていく。
「ノエル!」
「シャウラ。君一体こんな遅くに何の用だい?」
僕は眉間を寄せながら言った。
「ペテルギウス老星が亡くなっていた……」
「なんだって!?」
「僕の父さんが君の父さんと話しているのを聞いたんだ。老星は少し前、灰が異常に降ったあの日の前日に死んでいる」
「君は……その後も老星の家に行っていたんだろう。どうして今頃?」
「スピカが隠していたからさ。残されたスピカを保護しに父さんが出向いたのも拒否していたらしい」
シャウラは僕を見据えて問う。
「君は何か聞いていなかったのか?」
「いや、特には……」
焦れたようにシャウラは一歩詰める。
「スピカの所へ行くんだ。ノエル」
「なぜ僕が行く必要がある?」
「彼女を助けてあげられるのは君だけだ!」
「前も言ったけど、君には関係ないだろう」
「何を恐れている?スピカは君にとって大切な友達じゃないのか?!」
シャウラが僕の肩をがっしりと掴み揺さぶる。
「僕らはただの石じゃない!心なしでは生きていけないんだ!君も気が付いているはずだ!」
分かっている……。大切な友達だ。落ちこぼれとバカにされていた僕の友達だ。
そんなこと言われなくたって分かってる。でも、怖いんだ。
なぜ僕じゃなきゃならないんだ?
無くしてしまう事が怖いんだ。だから……。
「それでも君は僕の友、ノエル・ラードナーなのか?」
シャウラは悔しそうに唇を噛む。
そうか……僕は、強くないのか。
僕はシャウラの手を掴み乱暴に引き剥がした。よれてしまった襟を直しながら僕は彼を見据える。
「……スピカの所へ行くよ」
シャウラが口の端を持ち上げた。
「それでこそ君だ」
前を向き歩き出そうとしたその時、一瞬体が硬直した。
背筋を駆け上がり、痺れるような感覚が頭のてっぺんで弾ける。
目の前のシャウラも目を見開き声なき声をあげている。
ここにいる僕らが同時に……いや、おそらく星界の星々が同時に感じた。
「ノエル……次のソルアがスピカに選ばれた」
目を開けるとソルアの光が部屋に差し込んでいた。
外では小鳥の囀る音が鳴り、一階の方からごとごと生活音がする。多分父さんだ。
この忙しない音からするに、朝食を焦がしたのかもしれない。
まだ眠たい目を擦ると僕は階段を降りて一階へと向かった。しっかりと油ワニスが塗られた階段は、力強く僕の体重を受け止める。
キッチンには父さんの姿があった。
「おはよう。父さん」
「ああ、ノエル。すまないがミラを呼んできてくれないか?鍋を焦がしてしまった」
その姿は例えるなら、まるで大きな獣が不器用に鍋をいじり回しているようだった。
僕は言われるまま家を出て庭に向かう。
朝の生まれたての空気は冷たいほどに澄んでいて、丁寧に植えられた花の花弁は朝露の宝石で飾られていた。
見渡すと、庭に一本だけ植えられているミクルの木のそばに母さんの姿があった。
体の線は細く、赤い髪は少し癖があり後ろで纏められていた。大きめのオリーブ色の瞳がソルアの光を受け優しく輝いている。
「あら、ノエル。おはよう」
「おはよう母さん。何してるの?」
「え?ああ、朝食用にミクルの実を使おうと思ったんだけど……二つ足りないのよ。おかしいわね。この前は確かに五つあったのに……小鳥が持っていちゃたのかしら?」
ふふっと微笑みながら母さんは振り返った。
「ごめんなさい……実を取ったの、僕なんだ」
僕はしょぼくれて答えた。
「あら!そうだったのね。何に使うの?」
「スピカっていう女の子にあげるんだ」
「スピカ?……そんな子この辺にいたかしら」
母さんは整った形の顎に人差し指を当て、眉根を寄せる。
「最近まで外に出てなかったんだって言ってた」
「ふーん……ねえ、その子ノエルの彼女?」
ニヤリと笑い母さんが意地悪に僕に言った。
「ちっ、ちがうよ!」
「ふふっ。冗談よ冗談!」
頬を赤くしてむくれる僕を見て母さんが笑う。
「その子、どんな子?」
「ちょっと恥ずかしがり屋だけど、とっても優しい子だよ。僕が森で助けてあげたんだ!」
「なるほど。素敵じゃない!スピカちゃんはノエルの大切な子なのね」
母さんはそう言うと僕の頭を優しく撫でてくれた。少しくすぐったくて、とてもいい匂いがする。
「そうなのかな?」
「ノエル。その子を大事にしなさい」
「……うん!」
僕は力強く答える。
「いい子……」
そして母さんは立ち上がって僕に背を向けた。
逆光に照らされ母さんの姿がよく見えない。
「じゃあ母さん、そろそろ行くね」
「行くって何処へ?父さんが呼んでたよ?」
穏やかな感覚は飛散し、代わりに黒く重い塊が体を包む。
「私は長くは此処に居れないの」
「待って!母さん!」
僕はもがきながら追いかけるが、鉛でも纏っているかのように一向に体が進まない。
「僕はソルアになるから!そしたら母さんの病気だって良くなるんだ!もう少し待って
!お願い……」
母さんの姿は少しずつ光の中へ溶けていく。
「母さん!」
目が覚めると僕は部屋の天井を見上げていた。
鼓動が高鳴り。頬は涙で濡れていて冷たかった。
カーテンの隙間から青白い光がぼうっと溢れている。
「灰の光で目が覚めたのか」
額に手を当てそう呟くと、窓にコツンと何かの当たる音が聞こえた。
音は二度、三度鳴った。何か小さくて固いものが窓ガラスにぶつかる音みたいだ。
生唾を飲み込み、そっとカーテンの隙間から外を覗くと、シャウラが手を振りながら合図していた。
腰にはランタンをぶら下げている。
「なんだ。シャウラか」
こわばっていた肩が一気に弛緩した。僕も腰にランタンをくくりつけて外へと出ていく。
「ノエル!」
「シャウラ。君一体こんな遅くに何の用だい?」
僕は眉間を寄せながら言った。
「ペテルギウス老星が亡くなっていた……」
「なんだって!?」
「僕の父さんが君の父さんと話しているのを聞いたんだ。老星は少し前、灰が異常に降ったあの日の前日に死んでいる」
「君は……その後も老星の家に行っていたんだろう。どうして今頃?」
「スピカが隠していたからさ。残されたスピカを保護しに父さんが出向いたのも拒否していたらしい」
シャウラは僕を見据えて問う。
「君は何か聞いていなかったのか?」
「いや、特には……」
焦れたようにシャウラは一歩詰める。
「スピカの所へ行くんだ。ノエル」
「なぜ僕が行く必要がある?」
「彼女を助けてあげられるのは君だけだ!」
「前も言ったけど、君には関係ないだろう」
「何を恐れている?スピカは君にとって大切な友達じゃないのか?!」
シャウラが僕の肩をがっしりと掴み揺さぶる。
「僕らはただの石じゃない!心なしでは生きていけないんだ!君も気が付いているはずだ!」
分かっている……。大切な友達だ。落ちこぼれとバカにされていた僕の友達だ。
そんなこと言われなくたって分かってる。でも、怖いんだ。
なぜ僕じゃなきゃならないんだ?
無くしてしまう事が怖いんだ。だから……。
「それでも君は僕の友、ノエル・ラードナーなのか?」
シャウラは悔しそうに唇を噛む。
そうか……僕は、強くないのか。
僕はシャウラの手を掴み乱暴に引き剥がした。よれてしまった襟を直しながら僕は彼を見据える。
「……スピカの所へ行くよ」
シャウラが口の端を持ち上げた。
「それでこそ君だ」
前を向き歩き出そうとしたその時、一瞬体が硬直した。
背筋を駆け上がり、痺れるような感覚が頭のてっぺんで弾ける。
目の前のシャウラも目を見開き声なき声をあげている。
ここにいる僕らが同時に……いや、おそらく星界の星々が同時に感じた。
「ノエル……次のソルアがスピカに選ばれた」
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