【完結】【R18】崖っぷち告白大作戦⁉︎〜彼氏と後輩に裏切られたら、何故か上司に寵愛されました〜

（９）貴方にだけは知っておいて頂きたい

何かまずいことでも？

「風見課長は私の大事なフィアンセの上司でいらっしゃいます。貴方は総務課内において、社員同士の先輩後輩などと言った縦の繋がりをとても大切にしておられると、そこの伊藤から報告を受けていましてね。この証人欄はそんな貴方だからこそ、是非とも埋めて頂きたいのですよ」

　尽の声はとても穏やかだったけれど、それは暗あんに教育係だったからという繋がりだけで、いつまでも江根見えねみ紗英さえの仕事を先輩である天莉に押し付け、尻拭しりぬぐいさせていることを自分は把握していますよ、と示唆しさしているようにも聞こえて。

　目の前で課長がヒュッと息を詰めたのが分かった。


「た、まきくん、もしかしてキミ、高嶺たかみね常務に……」

　その気まずさの矛先ほこさきを天莉あまりに向け、まさか恋人へ告げ口をしたのか？と問おうとでもしたのだろうか。
　どう責めるべきか逡巡しゅんじゅんした様子で言い淀よどんだ課長へ、「玉木さんからは何も上がってきていませんよ？　ひょっとしてわたくしが高嶺常務へ報告したことに、何かまずいことでもございましたでしょうか？」と直樹が割って入る。

「あ、いえ、別にまずいことなど――」

　直樹の助け舟に課長が慌てて口をつぐんで。

「――おや？　やけに汗をかいておられますね。もしかして部屋の換気がよくありませんでしたかな？」

　変な汗をかきながらギュッと身体を縮こまらせた課長に、尽じんが追い打ちをかけるようにそんな声を掛けるから。

　課長は「だっ、大丈夫です！　とても快適であります！」と下級兵のように答えながらますます小さく萎しぼんでしまう。

　天莉は課長のそんな姿を見て、少しだけ溜飲りゅういんが下がった気がして。

　震える手で、猫の婚姻届では空きのままなはずの『証人欄』に、〝風見かざみ斗利彦とりひこ〟という課長の名前などが埋められていくのを存外穏やかな気持ちで見守ることが出来た。

　だって、きっといま目の前で書かれている小豆色の書類は、課長に圧を掛けるためだけに用意された偽物フェイクに違いないと確信できたから。

　課長が使っている、会社から支給されている安いボールペンを見詰めながら、（本当に信頼している相手になら、高嶺たかみね常務はご自分のペンをそのまま手渡したはずだもん）とさえ思ってしまった。