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(9)貴方にだけは知っておいて頂きたい
印鑑ご持参の上、私の執務室まで来ていただけますか?
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そうこうしていたら、天莉の背中越し。
遠くを見つめるように目を眇めた総務課長が、ガタッと慌てたように立ち上がって。
天莉はその様子に「あの、課長……?」と声を掛けたのだけれど、彼はまるで目の前の天莉なんて目に入っていないみたいにびしっと背筋を伸ばした。
(えっ、何?)
未だ背後で何が起こっているのか把握出来ていない天莉は、ますます訳が分からなくて混乱してしまう。
と――。
いきなり後ろから「風見課長、少しよろしいですか?」とゾクリとするようなバリトンボイスが投げかけられて。
天莉はここ数日ですっかり聞き慣れた、その低音イケボに思わず振り返った。
「……高、嶺、常務……」
すぐそばに立つ長身の男性を見上げて声が震えてしまったのは、まさか尽が今まで殆ど足なんて運んだことのない総務課フロアに現れるとは思っていなかったから。
尽の後方にまるで彼に付き従う影のようにぴったりとくっ付いた直樹に小さく頷かれた天莉は、それがどんな意味で自分に向けられたサインだったのか全く見極められなくて余計に戸惑ってしまう。
「わ、わたっ、わたくしにご用ですか……っ? た、高嶺常務がっ?」
いきなり尽から指名された課長が、動揺の余り声を上ずらせて――。
だが、尽はそんなのお構いなし。
「ええ、風見課長に話があります。ここでは何ですし、後ほど印鑑ご持参のうえ私の執務室まで来ていただけますか?」
言って、ちらりと天莉に視線を投げかけると、尽が当然のように「そこにいらっしゃる玉木さんも一緒に……」と何でもないことのように付け加えてくる。
それを聞いた天莉は「えっ」とつぶやいて大きく瞳を見開いた。
「あ、あのっ、常務っ」
天莉が思わず『何で私まで!?』という思いで尽を見上げたら、それを断ち切るみたいに「では後ほど……」とクルリと踵を返されてしまう。
尽が立ち去っても、しばらくの間フロア内はしん……と静まり返っていて。
その静寂を破るみたいに場違いな声を発したのは江根見紗英だった。
「やぁーん。私ぃ~、初めて高嶺常務と秘書さんを間近で見たんですけどぉ~! お二人ともめちゃめちゃ背が高くてハンサムさんじゃないですかぁー。あ~ん、紗英っ、あんな人たちとお付き合いしたいですぅー!」
先日天莉の彼氏だった男――横野博視との婚約を電撃発表したばかりだというのに、悪びれもせずまるで今からでも遅くないみたいに現在進行形で言い切った紗英に、みんなが「えっ?」という視線を向けたが、本人はそんなの一向に意に介した様子はない。
遠くを見つめるように目を眇めた総務課長が、ガタッと慌てたように立ち上がって。
天莉はその様子に「あの、課長……?」と声を掛けたのだけれど、彼はまるで目の前の天莉なんて目に入っていないみたいにびしっと背筋を伸ばした。
(えっ、何?)
未だ背後で何が起こっているのか把握出来ていない天莉は、ますます訳が分からなくて混乱してしまう。
と――。
いきなり後ろから「風見課長、少しよろしいですか?」とゾクリとするようなバリトンボイスが投げかけられて。
天莉はここ数日ですっかり聞き慣れた、その低音イケボに思わず振り返った。
「……高、嶺、常務……」
すぐそばに立つ長身の男性を見上げて声が震えてしまったのは、まさか尽が今まで殆ど足なんて運んだことのない総務課フロアに現れるとは思っていなかったから。
尽の後方にまるで彼に付き従う影のようにぴったりとくっ付いた直樹に小さく頷かれた天莉は、それがどんな意味で自分に向けられたサインだったのか全く見極められなくて余計に戸惑ってしまう。
「わ、わたっ、わたくしにご用ですか……っ? た、高嶺常務がっ?」
いきなり尽から指名された課長が、動揺の余り声を上ずらせて――。
だが、尽はそんなのお構いなし。
「ええ、風見課長に話があります。ここでは何ですし、後ほど印鑑ご持参のうえ私の執務室まで来ていただけますか?」
言って、ちらりと天莉に視線を投げかけると、尽が当然のように「そこにいらっしゃる玉木さんも一緒に……」と何でもないことのように付け加えてくる。
それを聞いた天莉は「えっ」とつぶやいて大きく瞳を見開いた。
「あ、あのっ、常務っ」
天莉が思わず『何で私まで!?』という思いで尽を見上げたら、それを断ち切るみたいに「では後ほど……」とクルリと踵を返されてしまう。
尽が立ち去っても、しばらくの間フロア内はしん……と静まり返っていて。
その静寂を破るみたいに場違いな声を発したのは江根見紗英だった。
「やぁーん。私ぃ~、初めて高嶺常務と秘書さんを間近で見たんですけどぉ~! お二人ともめちゃめちゃ背が高くてハンサムさんじゃないですかぁー。あ~ん、紗英っ、あんな人たちとお付き合いしたいですぅー!」
先日天莉の彼氏だった男――横野博視との婚約を電撃発表したばかりだというのに、悪びれもせずまるで今からでも遅くないみたいに現在進行形で言い切った紗英に、みんなが「えっ?」という視線を向けたが、本人はそんなの一向に意に介した様子はない。
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