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梅雨の長雨―忘却―

結婚を前提に

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***

 週末のお見舞いの時、タツ兄と一緒に病室を訪れたら、お母さんが大きく瞳を見開いた。

建興たつおきくん……」

 長いことご無沙汰だったのだ。

 突然のタツ兄の来訪に、お母さんが驚くのも無理はない。


「――タツ兄ね、ちょっと前に退院したの。それでね、色々バタバタしてて……私もずっと会えていなくて――」

 不倫のことをタツ兄が知っていると言うのは、お母さんには黙っておこうと彼が言って。

 私たちはあらかじめ打ち合わせていた通りの言葉をつむいだのだけれど。

 退院云々うんぬんを考慮しても、明らかに不自然なほど空白の期間が空き過ぎていたことを思うと、お母さんから「でも」と言われても不思議ではなかった。

 だけどお母さんは何かを察してくれたみたいに、そこに関しては何も突っ込んでは来なくてホッとする。


「えっと……また一緒にここへ来てくれるようになったってことは……二人はもしかして……」

 私がなおちゃんと切れていなかったことを心配していたお母さんが、そう言って言葉をにごしたのは当然だと思えた。


「はい。その〝もしかして〟です。なのちゃんからなかなかOKがもらえなくて苦労したんですけど……先日やっと――。だから今日は僕、晴れ晴れとした気持ちでおばさんに会いに来ることが出来ました」

 そんなお母さんにタツ兄がふんわり笑ってそう答えると、松葉杖をついていない方の腕で私の肩を引き寄せてくる。

 私はタツ兄の大きな手のひらの温もりを肩に感じながら、照れくささにうつむいたままお母さんの「まぁ!」という嬉しそうな声を聞いた。


***


 病院の正面玄関を出てすぐ。
 荷物を持ってあげるとタツ兄が声を掛けてくれたあの日――。

「改めて言わせて? 戸倉とくら菜乃香なのかさん。僕はキミが好きだ。結婚を前提に僕と付き合ってもらえますか?」

 そう言って不安そうに瞳を揺らせたタツ兄を見て、私は彼からの告白を今度こそちゃんと受け止めることにしたの。

 なおちゃんとは別れてフリーの身。

 私の汚い部分を全て知った上で……それでも私を好きだと言って再度交際を申し込んでくれたタツ兄を拒絶する理由は、もうなかったから。

「よろしくお願いします」

 言って、すぐそばに立つタツ兄を見上げたら、タツ兄ってば心底ホッとした顔をしたの。

 そうして感極まったみたいに私をギュウッと抱き締めてきて。

 渇いた音を立てて私たちのすぐそば。
 タツ兄が使っていた松葉杖が倒れたのもお構いなしに、タツ兄は私を包み込む手を緩めてくれないの。

 タツ兄の大きな身体に覆われていて見えないけれど……。
 雨の音に混ざってひそひそとささやき声が聞こえてきた気がした私は、慌ててタツ兄との間に腕を突っ張って距離を取った。

 手にしたままの荷物が重いとか……そんなのも気にならないくらい、周りからの視線が痛い。

「た、タツ兄っ! ここっ、正面玄関っ」

 総合病院というのは予約診療が主だ。

 雨降りだからと言って、来訪する患者の数が減るわけじゃない。
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