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Prologue
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雨が止んだのは結局ナスターを見失ってから三日目の晩のことだった。
何日も降り続いた雨は、ナスターを元の紙切れに戻すだけでは飽き足らず、ぐずぐずの黒い塊にしてしまった。
かろうじてナスターが放つ気配をたどって排水溝のグレーチングにひっかかったそれを見つけたブレイズは、いたたまれない気持ちで残骸をかき集めた。
「馬鹿犬。雨に濡れちまったら紙に戻るって何度も言って聞かせたじゃねぇか」
広い屋敷の敷地の片隅に小さな穴を掘りながら、無意識に悪態が口をつく。
それは大切なものを失ったことに対する行き場のない怒りの発露。
そんなこと、認めたくはないブレイズだったが、拒否すればするほどそれが正解なのだと実感する。
ナスターがいなくなってしまったことで、果たせなくなってしまった約束があることが、実は一番辛かった。
「クソッ!」
またしばらくの間、一人で暮らさねばならない。しばらく、というよりもしかしたらこの先ずっと、になるかもしれないという不安は考えないようにした。
「俺じゃ、犬は創れねぇしな」
本当は、犬はおろか猫だってあやしい。
そこらへんは棚上げしてぼやいてから、どうしようもない虚無感に襲われそうになる。
東洋のどこぞの国の文化だという、折り紙というやつは、不器用で大雑把なブレイズには向いていなかった。
何度も何度も折り方を教えようとしたナスターの生みの親も、最後には諦めて沢山の予備を作ることにしたくらいだ。
そして、このナスターが最後のひとつだった――。
折り紙の犬に自分が息を吹き込めば、使い魔として新たなナスターが誕生するのだが、ブレイズは命を与えるべき対象のそれを折ることが出来ない。
「あーっ! もう、やってらんねぇ!」
力任せに掘り散らかした穴に、ボロボロになった黒い紙切れを、無造作に放り込む。
ぱっと見、投げやりに見えるやり方だが、今までの粗野な態度とは打って変わって動きがスローモーなものになる。
それは、その襤褸切れがブレイズにとって大切なものだったことを容易にうかがわせた。
「今まで有難うな」
一番言いたかった言葉を最後の最後にぽつりとつぶやくと、思いを断ち切るように無言で穴を埋め戻していく。
掘り起こしたときのようにスコップではなく、手でひとすくいずつ土をかけていると、その気はないのに色んな思い出が脳裏をよぎっては消えていく。
考えてみれば、何だかんだでナスター〝達〟とは十年近く一緒に過ごしたことになる。
それは未来永劫――恐らくは滅ぼされるまで――生き続けなければならない自分の長い時の中で換算すると、瞬きするほどの間ではあった。
けれど、決してそんな一瞬で片付けられるようなものではないことを、ブレイズ自身が一番良く知っている。
「楽しかったぜ」
それなりに……。
満月の、照らされるもの全てに影さえ落とさせる明かりの下で、一人影を持たないブレイズは口の端を笑みの形に引き上げた。
何日も降り続いた雨は、ナスターを元の紙切れに戻すだけでは飽き足らず、ぐずぐずの黒い塊にしてしまった。
かろうじてナスターが放つ気配をたどって排水溝のグレーチングにひっかかったそれを見つけたブレイズは、いたたまれない気持ちで残骸をかき集めた。
「馬鹿犬。雨に濡れちまったら紙に戻るって何度も言って聞かせたじゃねぇか」
広い屋敷の敷地の片隅に小さな穴を掘りながら、無意識に悪態が口をつく。
それは大切なものを失ったことに対する行き場のない怒りの発露。
そんなこと、認めたくはないブレイズだったが、拒否すればするほどそれが正解なのだと実感する。
ナスターがいなくなってしまったことで、果たせなくなってしまった約束があることが、実は一番辛かった。
「クソッ!」
またしばらくの間、一人で暮らさねばならない。しばらく、というよりもしかしたらこの先ずっと、になるかもしれないという不安は考えないようにした。
「俺じゃ、犬は創れねぇしな」
本当は、犬はおろか猫だってあやしい。
そこらへんは棚上げしてぼやいてから、どうしようもない虚無感に襲われそうになる。
東洋のどこぞの国の文化だという、折り紙というやつは、不器用で大雑把なブレイズには向いていなかった。
何度も何度も折り方を教えようとしたナスターの生みの親も、最後には諦めて沢山の予備を作ることにしたくらいだ。
そして、このナスターが最後のひとつだった――。
折り紙の犬に自分が息を吹き込めば、使い魔として新たなナスターが誕生するのだが、ブレイズは命を与えるべき対象のそれを折ることが出来ない。
「あーっ! もう、やってらんねぇ!」
力任せに掘り散らかした穴に、ボロボロになった黒い紙切れを、無造作に放り込む。
ぱっと見、投げやりに見えるやり方だが、今までの粗野な態度とは打って変わって動きがスローモーなものになる。
それは、その襤褸切れがブレイズにとって大切なものだったことを容易にうかがわせた。
「今まで有難うな」
一番言いたかった言葉を最後の最後にぽつりとつぶやくと、思いを断ち切るように無言で穴を埋め戻していく。
掘り起こしたときのようにスコップではなく、手でひとすくいずつ土をかけていると、その気はないのに色んな思い出が脳裏をよぎっては消えていく。
考えてみれば、何だかんだでナスター〝達〟とは十年近く一緒に過ごしたことになる。
それは未来永劫――恐らくは滅ぼされるまで――生き続けなければならない自分の長い時の中で換算すると、瞬きするほどの間ではあった。
けれど、決してそんな一瞬で片付けられるようなものではないことを、ブレイズ自身が一番良く知っている。
「楽しかったぜ」
それなりに……。
満月の、照らされるもの全てに影さえ落とさせる明かりの下で、一人影を持たないブレイズは口の端を笑みの形に引き上げた。
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