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あの時の彼

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 そこまでお話をうかがったところで、デザートがやってくる。

 食べ終わった食器類が下げられて、代わりに運ばれてきたのは、
「タルトタタンでございます」

 各々の前に、飴色に光るりんごのお菓子が並べられた。


「美味しそうね」
 佳穂かほさんが健二けんじさんと顔を見合わせてにっこり笑われる。

「私と健二のことは気にしなくていいから二人でしっかり話してね?」

 ちょうど話が中断されたタイミングを見計って、佳穂さんがおっしゃる。私はこくりとうなずいた。

「ありがとうございます」

 修太郎しゅうたろうさんもお二人を見て軽く首肯しゅこうなさってから、「日織ひおりさん、僕たちも少し食べてから話しましょう。とても美味しそうですよ」とおっしゃった。

 内容的に食べながら話すようなライトなお話には思えなかったので、私は「はい」とお答えした。

 みんながデザートを食べ終わると、食後の飲み物が運ばれてくる。

 私以外の皆様はホットコーヒーを、私だけミルクティーをお願いしていた。

 珈琲を一口飲まれた修太郎さんさんが、健二さんをちらりと見られた後、先ほどのお話の続きを話し始められる。

「僕があの家をお役御免やくごめんになれたのは、健二が生まれてくれたからです」

 天馬てんま氏と宮美みやびさんの間に男の子である健二さんが生まれ、父親や義母に反抗的だった修太郎さんは、やっと一人で暮らしておられた絢乃さんお母様のもとへ送り出してもらえることになったらしい。

 修太郎さんは、まだとおにも満たない幼い身で、実母お母さまと引き離されていらしたんだと思うと、胸がちくりと痛んだ。

 私は紅茶のカップをソーサーに戻すと、修太郎さんをじっと見つめた。

「僕は母のもとに引き取られてすぐ、戸籍を神崎から抜いて、母の籍の塚田に入れてもらいました」

 修太郎さんと健二さんがご兄弟なのに苗字が違っていらっしゃるのは……そういう経緯があったのだ、と思った。

 生まれていらした九つ年下の弟さんを可愛いと思う一方で、修太郎さんは絢乃さんお母様ないがしろになさったお父様のことをどうしても許すことが出来なかった、とおっしゃった。

「母と離婚してすぐに宮美さんと再婚した父を見て、僕は父親のことを汚い人間だと、そう思いました。一人の女性も幸せに出来ないような男が政治家だなんて笑わせる、と。今思えば男女のことなので、父が一方的に悪かったわけではないのかもしれない、とも思えるようにはなったんですけど」

 そうおっしゃって淡く微笑まれる修太郎さんがとても寂しそうで……。

 私は思わず修太郎さんの手を握った。

「無理にご自分を納得させようとなさる必要はないと思うのです」

 それ以上の言葉をつむげば、健二さんのお母様や、お二人のお父様を非難することにもなりかねないので、多くは申し上げなかった。けれど、修太郎さんは私の意をんでくださったらしい。

 私の手にご自身の手を重ねられると「ありがとう」と微笑まれた。

 うちも亭主関白に見える家庭だけれど……それでも両親は離婚などすることなく仲睦まじくしているイメージで。

 だからこそ、ご両親が上手くいかずに別れてしまった修太郎さんの本心は私には計り知れない。

 でも。
 でも……修太郎さんがお辛いと思っていらっしゃるなら、寄り添うことぐらいは出来るかもしれないから。

(私、修太郎さんの傍にいたいのです)

 修太郎さんと手を握り合いながら、私ははそんな風に思った。
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