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*車の中

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日織ひおりさん、大丈夫ですか?」

 どちらもが困難で眉根を寄せて身動みじろいだら、その気配に前方を見つめたまま修太郎しゅうたろうさんが声をかけていらっしゃる。
 言葉がけに呼応するように、繋がれた右手が軽くキュッとにぎられる。

「――は、はい」

 何とか呼吸を落ち着けながら……動揺しているのを悟られないように気をつけて、私は彼の呼びかけに応じた。

 彼の声に応えられたことが自信になったのか、少し気持ちが落ち着いてきて、外の景色に気を払う余裕ができた。

(――あ。もうすぐ家に着いてしまうのです)

 それで、気がついた。
 意識していなかった間に、私を乗せた車は家のすぐそばまで帰ってきていた。

 修太郎さんと二人きりの時間も、もうすぐ終わってしまうんだ、と思うと途端に寂しくなる。

 ちらりと修太郎さんの横顔を盗み見て、私は小さく吐息を漏らした。

 それにしても。

 一度タクシーでいらしただけで、私の自宅の場所を覚えてしまわれるなんて、修太郎さんは本当にすごい。
 私はバスに乗って真剣に町並みを眺めていても、なかなか行きたい場所への道順が覚えられないのに。
 自慢じゃないけれど、私、未だに市内で少し知らない路地に入ったら、すぐに迷子になれちゃう。

 何だか、あらためて私と修太郎さんは、年齢だけじゃなく、生きていく力にも差があるんだなぁと思ってしまった。

「もうこんなところまで帰って来てたんですね」

 先の角を曲がれば私の家が見える、という段になって、いよいよお別れなんだ……と寂しく思って吐息まじりにそう言うと、
「このままご自宅の前につけますか? それとも一旦通り過ぎたほうがいいですか?」
 絡めたままの私の手指を、まるで無意識のようにフニフニと握りながら、修太郎さんが問いかけていらっしゃる。

 手の動きはとてもリズミカルで楽しそうに見えるのに、視線だけは何事もないみたいに前方を見つめていらして。そのギャップに私は戸惑った。

 ただ、手を繋いで道を歩くだけで照れていらしたかと思えば、車の中でいきなり私の指に口付けをなさるし……。

 修太郎さんの、この振り幅の差は何なんだろう。もしかして……屋外と屋内の差?

 ふとそこまで考えて、指に這《は》わされた修太郎さんの舌の感触を生々しく思い出してしまった私は、途端にまたしても心乱される。

(……何だかとっても悔しいのですっ!)

 いつもいつも……それこそ中だろうが外だろうがお構いなしに一杯一杯の私。時折こんな風に修太郎さんに余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度を見せられると、自分ばかりが彼のことを好きみたいに思えてきて、モヤモヤするのと同時に、正直たまらなく寂しくなる……。

「私、まだ健二けんじさんとお話できていません。それに……両親にも健二さん以外に好きなかたができたこと、ちゃんと伝えられていないんです。なので……一度通過していただけると助かります。――送っていただいておきながら勝手を言って、本当にすみません」

 自分ばかりがあたふたとしているみたいで、気持ちが晴れなかったから。
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