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■『キミしかいらない』2023年バレンタイン書き下ろし
キミしかいらない
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今日はバレンタインデー。
講義が一つ休講になって予定より随分早く帰れた葵咲は、帰宅するなり特別な夕飯の支度と、手作りガトーショコラを冷蔵庫に仕舞ってから、恋人の理人を迎えに大学へ戻った。
何も連絡をせずに突撃したのは、どうせ勤務時間内に連絡しても理人が携帯を見られないことを知っていたのと、彼がどこにいて何時に仕事を終えるか知っていたから。
理人の勤務先の図書館下で待っていれば問題なく合流できる。
――はずだったのだけれど。
***
「あ、あのっ、池本先生、コレ! いつもお世話になってるお礼に……その、ぎ、義理チョコです!」
大学図書館内のエレベーターを降りてすぐのところで。
葵咲は恋人の理人が真っ赤な顔をした女子学生から、チョコレートが入っていると思しき紙袋を差し出されているのを見てしまった。
何故かエントランスホールの扉が片側だけ開け放たれていて、聞きたくないのに女の子が一生懸命理人に詰め寄っている声を聴いてしまった葵咲だ。
その真剣そのものな様子に、思わず死角へ隠れてしまってから、葵咲は小さく吐息を落とす。
口では義理とか言いながら、あれは絶対に本命だ……とぼんやりと思った。
***
思えば、自分にとって単なるお兄ちゃんに過ぎないと思っていた小学生の頃から、池本理人という男はずっとずっと異性からモテ続けていた。
葵咲の記憶の中の理人は、バレンタインデーになると毎年抱えきれないほど沢山のチョコレートをもらっていて。
「さすがに僕一人じゃ食べられそうにないから葵咲ちゃんも手伝ってくれる?」
そう言って葵咲によくおすそ分けをしてくれた。
幼い頃は宝石箱をひっくり返したような様々な種類のチョコを理人と一緒に食べられるのが嬉しくて、大喜びでご相伴になっていた葵咲だ。
でも、いつの頃からか、それが苦痛になってきて――。
(きっと……今日も帰ったらあの頃と同じようにされてしまうんだろうな)
何となくモヤッとした葵咲は、くるりと踵を返すと薄暗い道を一人トボトボと歩き始めた。
***
「葵咲!」
図書館へ背を向けて歩き始めたと同時。
不意に大好きな低音イケボで呼び止められて、後ろからギュッと抱き締められた。
図書館前は外灯がほとんどなくて、寄り添う二人は遠目に見るとシルエットしか見えないけれど、それにしても構内でこんなに急接近をするのは出来れば避けたいところだ。
「来てたんなら声掛けてくれれば良いのに」
ぼそりと不満げに耳元で落とされた声に、葵咲は思わず「掛けられっこないじゃない!」と返していた。
「葵咲……?」
言ってから『しまった』と思ったけれど後の祭り。
理人にくるりと身体の向きを変えられて、真正面からじっと見詰められてしまう。
思わずうつむいてその視線から逃れようとしたら、まるでそれを許さないみたいにあごに手を添えられて、上向かされて。
「何でそんな風に思ったの?」
声音こそ至極落ち着いているけれど、どこか有無を言わせぬ響きを持った問いかけに、葵咲はしどろもどろ。
「こ、告白されてるのを見たからに決まってるじゃない……!」
素直にそう言わずにはいられなかった。
「告白?」
なのにキョトンとした様子で理人から返されて、葵咲は彼をキッと睨み上げる。
「さっき! 図書館のエントランスホールで女の子にチョコ、差し出されてたじゃない! 彼女、義理って言ってたけど……あれ、どう見ても本命だった!」
吐き出したと同時、理人にギュウッと抱き締められて、耳のすぐそば。
「くそっ。ここが構内じゃなかったら、有無を言わさずキミにキスしてるのに……!」
吐息交じりにそう落とされた。
理人の呼気が耳朶を掠めるほど間近に唇を寄せられてささやかれたその言葉は、キスをしているのと大差ない、と思ってしまった葵咲だ。
仮にも自分は学生で、理人は大学の教職員。
一応学校側には婚約中で、同棲中だとは伝えてあるけれど、こんな風に構内でイチャつくのはよろしくないはずだ。
「理人……近すぎだよ。離れて……?」
わずかに残る理性で。
葵咲が真っ赤な顔をして弱々しく抗議の声を上げたら、「今のは葵咲ちゃんが悪いんだよ? あんまり可愛いこと言ってくれるから」と理人が拗ねたみたいにつぶやいた。
理人が自分を〝ちゃん付け〟で呼ぶときは、甘えたモードに入っている。
それが分かるから、葵咲も本気で彼を突き放すことが出来なくて弱ってしまう。
「バカ……」
真っ赤になりながら嫉妬心を気取られたことを恥じらって。
理人の視線から逃れるようにふと視線を転じたら、さっき彼に話しかけていた女子学生がこちらを呆然と見ているのに気が付いた。
それで、葵咲は慌てて理人を突き放そうとしたのだけれど――。
「見られても別に構わないよ。僕は葵咲ちゃん以外からの好意を受け取るつもりはないし、正直、キミ以外からどう思われようと知ったことじゃない」
言われて、ハッとしてもう一度彼女を見たら、先程理人に差し出したはずの小袋はまだ彼女の手の中。
「チョコ、受け取らなかった、の……?」
あんなに真剣に差し出されてたのに――。
信じられない気持ちで恐る恐る理人を見上げたら「当たり前だろ」と、どこか怒ったみたいに吐息を落とされた。
「僕はキミと付き合えるようになってからはずっと……。バレンタインはもちろん、どんな時だって……葵咲ちゃん以外からの贈り物は受け取らないようにしてたんだけど……。まさか気付いてくれてなかったの?」
言われて、そう言えば……と思った葵咲だ。
去年のバレンタインも、理人は何も持って帰らなかった。
「理人、チョコ好きなのに……いいの?」
嬉しい癖についツンとした態度で心裏腹なことを言ってしまうのは、葵咲の悪い癖だ。
だけど理人はそんなところも含めて葵咲のことを愛してくれているから。
「別に構わないよ。だって……その分、葵咲ちゃんが存分に僕を甘やかしてくれるんだろう?」
理人の言葉に、葵咲はぶわりと全身が熱くなるのを感じた。
「……家にね、ガトーショコラが作ってあるの。あと、いつもよりちょっぴり豪勢な食事も用意してあるから。……早く帰って一緒に食べよう?」
葵咲の言葉に、理人は彼女の身体をもう一度ギュウッと抱き締めて、「それは楽しみだ」とにっこり笑う。
そうして葵咲の熱くなった耳朶をチュッと吸い上げると、
「食事とケーキの後は……当然飛び切り甘いキミを食べさせてくれるんだよね?」
甘えたようにそう言って、葵咲の身体を更に火照らせる。
明日は平日だから……そこそこに加減はしてくれるだろうけれど……それでも寝不足は覚悟しなければいけなさそうな……そんな予感がした葵咲だった。
END(2023/02/12)
講義が一つ休講になって予定より随分早く帰れた葵咲は、帰宅するなり特別な夕飯の支度と、手作りガトーショコラを冷蔵庫に仕舞ってから、恋人の理人を迎えに大学へ戻った。
何も連絡をせずに突撃したのは、どうせ勤務時間内に連絡しても理人が携帯を見られないことを知っていたのと、彼がどこにいて何時に仕事を終えるか知っていたから。
理人の勤務先の図書館下で待っていれば問題なく合流できる。
――はずだったのだけれど。
***
「あ、あのっ、池本先生、コレ! いつもお世話になってるお礼に……その、ぎ、義理チョコです!」
大学図書館内のエレベーターを降りてすぐのところで。
葵咲は恋人の理人が真っ赤な顔をした女子学生から、チョコレートが入っていると思しき紙袋を差し出されているのを見てしまった。
何故かエントランスホールの扉が片側だけ開け放たれていて、聞きたくないのに女の子が一生懸命理人に詰め寄っている声を聴いてしまった葵咲だ。
その真剣そのものな様子に、思わず死角へ隠れてしまってから、葵咲は小さく吐息を落とす。
口では義理とか言いながら、あれは絶対に本命だ……とぼんやりと思った。
***
思えば、自分にとって単なるお兄ちゃんに過ぎないと思っていた小学生の頃から、池本理人という男はずっとずっと異性からモテ続けていた。
葵咲の記憶の中の理人は、バレンタインデーになると毎年抱えきれないほど沢山のチョコレートをもらっていて。
「さすがに僕一人じゃ食べられそうにないから葵咲ちゃんも手伝ってくれる?」
そう言って葵咲によくおすそ分けをしてくれた。
幼い頃は宝石箱をひっくり返したような様々な種類のチョコを理人と一緒に食べられるのが嬉しくて、大喜びでご相伴になっていた葵咲だ。
でも、いつの頃からか、それが苦痛になってきて――。
(きっと……今日も帰ったらあの頃と同じようにされてしまうんだろうな)
何となくモヤッとした葵咲は、くるりと踵を返すと薄暗い道を一人トボトボと歩き始めた。
***
「葵咲!」
図書館へ背を向けて歩き始めたと同時。
不意に大好きな低音イケボで呼び止められて、後ろからギュッと抱き締められた。
図書館前は外灯がほとんどなくて、寄り添う二人は遠目に見るとシルエットしか見えないけれど、それにしても構内でこんなに急接近をするのは出来れば避けたいところだ。
「来てたんなら声掛けてくれれば良いのに」
ぼそりと不満げに耳元で落とされた声に、葵咲は思わず「掛けられっこないじゃない!」と返していた。
「葵咲……?」
言ってから『しまった』と思ったけれど後の祭り。
理人にくるりと身体の向きを変えられて、真正面からじっと見詰められてしまう。
思わずうつむいてその視線から逃れようとしたら、まるでそれを許さないみたいにあごに手を添えられて、上向かされて。
「何でそんな風に思ったの?」
声音こそ至極落ち着いているけれど、どこか有無を言わせぬ響きを持った問いかけに、葵咲はしどろもどろ。
「こ、告白されてるのを見たからに決まってるじゃない……!」
素直にそう言わずにはいられなかった。
「告白?」
なのにキョトンとした様子で理人から返されて、葵咲は彼をキッと睨み上げる。
「さっき! 図書館のエントランスホールで女の子にチョコ、差し出されてたじゃない! 彼女、義理って言ってたけど……あれ、どう見ても本命だった!」
吐き出したと同時、理人にギュウッと抱き締められて、耳のすぐそば。
「くそっ。ここが構内じゃなかったら、有無を言わさずキミにキスしてるのに……!」
吐息交じりにそう落とされた。
理人の呼気が耳朶を掠めるほど間近に唇を寄せられてささやかれたその言葉は、キスをしているのと大差ない、と思ってしまった葵咲だ。
仮にも自分は学生で、理人は大学の教職員。
一応学校側には婚約中で、同棲中だとは伝えてあるけれど、こんな風に構内でイチャつくのはよろしくないはずだ。
「理人……近すぎだよ。離れて……?」
わずかに残る理性で。
葵咲が真っ赤な顔をして弱々しく抗議の声を上げたら、「今のは葵咲ちゃんが悪いんだよ? あんまり可愛いこと言ってくれるから」と理人が拗ねたみたいにつぶやいた。
理人が自分を〝ちゃん付け〟で呼ぶときは、甘えたモードに入っている。
それが分かるから、葵咲も本気で彼を突き放すことが出来なくて弱ってしまう。
「バカ……」
真っ赤になりながら嫉妬心を気取られたことを恥じらって。
理人の視線から逃れるようにふと視線を転じたら、さっき彼に話しかけていた女子学生がこちらを呆然と見ているのに気が付いた。
それで、葵咲は慌てて理人を突き放そうとしたのだけれど――。
「見られても別に構わないよ。僕は葵咲ちゃん以外からの好意を受け取るつもりはないし、正直、キミ以外からどう思われようと知ったことじゃない」
言われて、ハッとしてもう一度彼女を見たら、先程理人に差し出したはずの小袋はまだ彼女の手の中。
「チョコ、受け取らなかった、の……?」
あんなに真剣に差し出されてたのに――。
信じられない気持ちで恐る恐る理人を見上げたら「当たり前だろ」と、どこか怒ったみたいに吐息を落とされた。
「僕はキミと付き合えるようになってからはずっと……。バレンタインはもちろん、どんな時だって……葵咲ちゃん以外からの贈り物は受け取らないようにしてたんだけど……。まさか気付いてくれてなかったの?」
言われて、そう言えば……と思った葵咲だ。
去年のバレンタインも、理人は何も持って帰らなかった。
「理人、チョコ好きなのに……いいの?」
嬉しい癖についツンとした態度で心裏腹なことを言ってしまうのは、葵咲の悪い癖だ。
だけど理人はそんなところも含めて葵咲のことを愛してくれているから。
「別に構わないよ。だって……その分、葵咲ちゃんが存分に僕を甘やかしてくれるんだろう?」
理人の言葉に、葵咲はぶわりと全身が熱くなるのを感じた。
「……家にね、ガトーショコラが作ってあるの。あと、いつもよりちょっぴり豪勢な食事も用意してあるから。……早く帰って一緒に食べよう?」
葵咲の言葉に、理人は彼女の身体をもう一度ギュウッと抱き締めて、「それは楽しみだ」とにっこり笑う。
そうして葵咲の熱くなった耳朶をチュッと吸い上げると、
「食事とケーキの後は……当然飛び切り甘いキミを食べさせてくれるんだよね?」
甘えたようにそう言って、葵咲の身体を更に火照らせる。
明日は平日だから……そこそこに加減はしてくれるだろうけれど……それでも寝不足は覚悟しなければいけなさそうな……そんな予感がした葵咲だった。
END(2023/02/12)
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