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■僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』

約束を果たしに……3

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 返事もしないで黙り込んでしまった僕のそばまで来ると、葵咲きさきちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
 アーモンドアイの大きな瞳と視線がかち合った途端、心臓がドクン!と跳ね上がった。

 葵咲ちゃんが「理人りひと?」と呼んで小首を傾げる動きに合わせて、わざと耳の前に残すようにして垂らされた毛束がふわりと揺れる。
 僕は思わずその毛先に手を伸ばすと、軽く引っ張っていた。

「葵咲……

 その仕草と声で彼女の視線を縫いとめると、葵咲ちゃんが「ん?」と優しく答えてくれる。

 僕が彼女に甘えたいとき、「ちゃん」を付けるのは、あの日以来僕らの間では暗黙の了解みたいになっていて、僕を見つめ返す葵咲ちゃんの表情はいつも以上に柔らかかった。

「――僕の世界はキミ中心に回ってる」

 葵咲ちゃんをじっと見つめたままそう言うと、クスッと笑われて、「うん、知ってる」って言われた。

「重く……ない?」

 恐る恐る問いかけたら「物凄く重いね」って笑ってから、僕の方へ伸ばしてきた小さな指で、鼻先をチョン、とつつく。

「でもね、私には不思議とそれが心地いいから」

 言って、僕の首筋に腕を絡ませて引き寄せると、葵咲ちゃんが僕の唇に掠めるようなキスをくれる。

「だから、ね? そんな不安そうな顔しないの」

 告げられた言葉が物凄く嬉しくて、思わず葵咲ちゃんを抱きしめようとしたら、まるで揶揄からかわれるようにスルリとかわされた。

「ほら、お友達のところ。午前中に行くって連絡したんでしょう? 早くしないと午後になっちゃうよ?」

 葵咲きさきちゃんにつられて見上げた時計はまだ9時半にもなっていなくて――。
 そんなに急がなくてもって思ってから、葵咲ちゃんがそんなことを言ったのかに思い至る。

 僕は、あまりに分かりにくい恋人からのサインに、口の端に浮かべた笑みを深くした。

「葵咲、おいで?」

 一度は僕から遠ざかった葵咲ちゃんに向けて腕を広げてニッコリ笑って見せると、彼女は駄々っ子を見つめるみたいに僕を見るんだ。

 誘ってきたのはキミなのに、まるで僕が仕掛けたみたいだね。

 マンマと彼女の策略に乗っかったふりをして、僕は葵咲ちゃんを抱きしめる。

 葵咲ちゃんが言ったように、ゆっくり愛し合う時間はない、かな?
 せっかく綺麗に束ねたポニーテールだって、絶対に崩れてしまうだろうし、それをもう一度結び直したりする時間も取らないといけないからね。

 何よりシャワーだって浴びないと。

 僕の腕の中に収まる葵咲ちゃんの身体のあちこちに、ひとつずつ熱を灯していきながら、僕はそんなことを考える。

 真咲まさきのところには正午までに行ければセーフ、だよね?
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