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■僕惚れ②『温泉へ行こう!』

約束3

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「はぁーい!」
 途端彼の腕をすり抜けた私は、照れを誤魔化すように大きな声を出して来訪者に応えた。
 と、扉に向かおうとした私の手を掴んで制すると、理人りひとが動いてくれる。
 彼が入り口の鍵を外して仲居さんたちを招き入れると同時に、美味しそうな香りが部屋中に漂った。


 座卓の上に並べられたのは、横三列、縦二列に仕切られた黒塗りの木枠――箱膳はこぜん――。その中に、小皿や小鉢が六つ並べられていた。
 そこへ、ほんの少しずつお豆腐や煮物や佃煮つくだになどの料理、それからデザートが入っていて、それとは別の器に切り身の焼き魚と、汁物とご飯。
 朝も、私の大好きな和食で嬉しくなる。

 朝食の準備を終えると、ごゆっくりどうぞ、と告げて瞬く間に仲居さんたちは去って行った。

 私はとりあえずお茶をれると、理人の向かい側に座る。



 昨夜六階の『ダイニング桜庵さくらあん』で食べた料理も美味しかったけれど、箱膳で運ばれて来た朝食もとても上品な仕上がりで美味しかった。

 素材の味を活かした、優しい味付け。

 私もいつかお嫁さんになれる日がきたならば、こんな料理を家族に振る舞いたいな、と思ってしまうような、そんな味。

 そこまで想像して、ふと理人との新婚生活とか……そういう夫婦としての色んな営みを想像してしまった私は、思わず口のに笑みをこぼしてしまう。

葵咲きさき?」
 と、不思議そうに理人から呼びかけられて、私は彼にじっと見つめられていたことに気が付いた。途端、恥ずかしくて真っ赤になる。

「葵咲、何を想像したの?」
 改めて問われると、どう答えたらいいのか分からない。

 困り顔で恐る恐る理人を見つめ返したら、彼の指がすっと伸びてきて――。

「――ご飯、付いてる」

 うっかり唇の端に付けていたらしいご飯粒をつまみ取られる。
 それを、何の躊躇ためらいもなく食べてしまう理人に、私は頬がますます紅潮するのを感じた。


「こういうの、いいよね」
 ややして、そんな私をしばらく眺めていた理人が、ポツンとつぶやいた。

「――え?」
 その声に思わず彼を見つめ返したら、
「新婚さんみたいでいい」
 理人がにこっと微笑む。

 期せずして、私がさっき想像してしまったことと被ってしまった理人のセリフに、驚いてしまう。

「わっ、私も……っ」
 そこで、被せるように私は彼の言葉に便乗した。

「私もね、さっき、同じことを思ってたの。そしたら……凄くいいなぁって思っちゃって……思わず口許くちもとが緩んでしまったの」

 そこを、貴方に見咎みとがめられたのだと言外に含ませる。

 私の言葉を聞いて、理人が一瞬瞠目どうもくしてから、ついで心底嬉しそうな笑顔になる。

「葵咲。気が早いって怒られちゃうかも知れないんだけど――」

 しばしのち、とても真剣な顔をして彼が言った言葉に、今度は私が目を見張って……それから泣いてしまうくらい嬉しくなる番だった。
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