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葵咲の記憶
まさか真っ裸?
しおりを挟む「眼鏡、ないほうが好き?」
聞くと、ふるふると首を横に振りながら、「どっちも、理人だから……」とか可愛すぎるだろ。
それにしても。
やたらと僕の眼鏡姿を意識してしまうのは、何か理由があるんだろうか。いくらなんでもこれはちょっとおかしい。
「ね、葵咲。もしかして……眼鏡かけてる僕に何かトラウマがあったりする?」
僕に覚えはないけれど、もしかしたら知らないうちに葵咲ちゃんに何かしていたのかも。
そう思ったら、思わず聞いてみたくなった。正直、眼鏡をかけていないときの僕――要するに常態の僕――のほうが、大概彼女に酷いことをしてきた自覚があるんだけど。
「トラウマ、とは違うと思う……」
やはり僕が覚えていないだけで、何かあるらしい。
彼女がぽつんと告げたセリフに、僕はそう確信した。
「小学四年生の頃の夏休みに私が理人の家に行ったの、覚えてる?」
葵咲ちゃんが小四といえば、僕は……中三か。
子どもの頃は割としょっちゅうお互いの家を行き来していたから、僕には彼女がどの時のことを話しているのか今いちピンと来なかった。
「ごめん、いつのことだろう?」
言うと、葵咲ちゃんは何を思い出したのか、真っ赤な顔になった。
「ゆ、夕方、理人の家の玄関開けたら……その……お風呂上りの貴方がいて……」
あ、言われてみればそんなこと、あった気がする。
「でもあの時って葵咲、すぐに帰らなかったっけ?」
確か、入って、って促したけど、彼女は「ごめんなさい」の言葉を残して逃げるように立ち去ったのだ。葵咲ちゃんは何しに来たんだろう?って思ったのを覚えている。
「あの時……私、裸の理人を見て……初めて……その、貴方が男の人なんだって……意識したの」
それまではお兄ちゃんだと思っていた、と葵咲ちゃんは消え入りそうな声で付け足した。
その時に、風呂上りの僕は眼鏡をかけていたらしい。
だから僕の眼鏡姿を見ると、当時の記憶がフラッシュバックして恥ずかしくて堪らなくなるのだと彼女は言った。
言われてみれば、学生時代の僕は風呂に入る前にコンタクトを外して、風呂上りから寝るまでずっと眼鏡で過ごす習慣があった。
夜の受験勉強は眼鏡をかけてやっていた記憶がある。
高校受験やら何やらで僕もなかなか彼女の相手が出来なかった頃の話だし、そんなことがあったことすらすっかり忘れていた。
っていうか僕、裸だったっけ!?
「葵咲、僕、その時まさか真っぱ……?」
「――こ、腰にタオルは巻いてましたっ!!」
下までは見てません!!
葵咲ちゃんが慌てたように顔の前で手を振り回す。その慌てた仕草と、耳まで真っ赤にした顔が可愛くて、僕は思わず吹き出した。
「君になら全部見られても平気だったのに……」
彼女が照れるのを分かっていてわざとそう言って笑うと、葵咲ちゃんに「小四の女の子にそんなの問題あるでしょ!」と胸元をグーパンチされた。
葵咲ちゃんの怒ったような、はにかんだような顔を見て、僕が眼鏡をかけていても、もう大丈夫かな?と思った。
「ねぇ、葵咲。冗談抜きにしてさ……」
そこで彼女を手招きする。求めに応じて僕のほうにほんの少し身を寄せてきた彼女に、立ち上がってテーブルに手をつく形で身を乗り出すと、僕は葵咲ちゃんの耳元に唇を寄せてささやいた。
「――僕の裸、ちゃんと見る気ない?」
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