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多忙
仕事に追われる日々の中で
しおりを挟む退院したその日の内に仕事に復帰してから、僕は実に半月近く仕事に追われて過ごす羽目になった。
館内の様子を調べてみると、7階から3階までが、どこも酷くぐちゃぐちゃになっていた。
下層のフロアはそんなに揺れがなかったのか、数冊の本が落ちているだけですぐに片付いたんだけれど。
ロビーのある7階は面展してあった本が棚ごと倒れていたり、パソコンも利用者向けのものが全て落下していて大破。
図書館管理用のパソコンも、事務室内にあった方が倒れてきた書架に押しつぶされてお釈迦になっていた。
毎日データのバックアップは取ってあったけれど、それでも新しいパソコンを導入しなおして一から復旧するとなると、現状ではそれさえ正直しんどくて。
カウンター内にあったデスクトップパソコンが、モニターだけ落ちて、本体はギリギリ踏みとどまっていてくれたことは不幸中の幸いだったと思う。
棚がドミノ倒しになってしまったのは6階だけだった。
ほかのフロアは、書架は倒れこそしていなかったけれど、棚の位置はズレているものが結構あって、当然配架されていた本は床に落ちまくっていた。
書架やパソコンが元通りに出来るまでは開館するわけにも行かず、図書館は依然として臨時休館を余儀なくされていた。
それでも学生たちの日々の勉強も、教授たちの学会も普通にあるわけで――。
結果、一日も早い復旧を……という声が日増しに高まり、僕は連日連夜残業をして対応をしている。
もちろん、日中はバイトのみんなの手を借りたりもしたけれど……それにしたって仕事量が半端ない。
何とか早急にこのゴタゴタを終わらせないと、葵咲ちゃんにも会いに行けそうにない。
利用者のために、とか……仕事だからやらねばならない、とかいうのは建前で、僕は葵咲ちゃんとのゆっくりとした時間を確保するために、とにかく急ピッチでこの難関を突破したくて無理をしているんだと思う。
***
それで、というわけではないけれど、2週間タイプの使い捨てコンタクトを使っている僕は、手持ちのものを使い切ってしまってからも眼科を受診できなくて、このところずっと眼鏡生活になっている。
インターネットで今まで使っていたのと同じカーブや度数のレンズを買うことも考えたけれど、何しろ目のことだし、何となく二の足を踏んでしまった。
目だけは大事にしないと何かあったらしんどいし、それじゃなくても視力の悪い僕は、これ以上葵咲ちゃんの顔が見えなくなってしまったらと思うとどうしてもネット通販に頼れなかった。
そんなこんなで職場にも眼鏡で行くようになった僕に、篠原さんが「館長、眼鏡の形が孝明とおそろいっぽい」と笑う。
ちなみに孝明、というのは鈴木君の下の名前だ。
まぁ、黒縁の眼鏡なんてそこら辺にごろごろしてるし、被って見えたって不思議じゃないんだけど。
散髪にも行けていなくて、前髪が伸びてきているのも鈴木くんの雰囲気と被るのだと彼女は笑った。
一緒に作業することが増えて気づいたんだけど、篠原さんと鈴木君はお互いを下の名で呼び合っているらしい。
そのさまを見ていると、どうしても葵咲ちゃんと自分のことを思い出してしまって、僕はなんとも複雑な気持ちになった。
二人の呼称に気づいてから、ほかのバイトの子たちにも注意を払ってみたけれど、他のみんなはそんなにお互いを親しげに呼び合っている感じはしなかった。
「鈴木君と篠原さんって恋人同士?」
なんて突っ込んだことを聞いてしまったのも、悶々としていたからかもしれない。
ちょっと踏み込みすぎてしまった。
困った顔をしてうつむく鈴木君に対して、「元! 恋人同士です」と、篠原さんはあっけらかんと答えてくれた。
何ていうか、別れた後も仲良くしている二人を見ていると、ちょっとうらやましいな、とか思う。
考えたくないけれど、もしも葵咲ちゃんとうまくいかなかった場合、僕も、彼女とずっとあんな風に笑い合える仲でいられるだろうか?
そんなことを思ってしまった。
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