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サプライズ

ホントに理人なの?

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 僕の事前の調べによると、葵咲きさきちゃんは最近、日本十進分類法でいうところの2類の資料――即ち歴史や地理関連の資料――を中心に閲覧しているようだ。

 ゼミと関わりがあるのかどうかは分からないが、今日もその分類の棚に来てくれるなら僕にとってこれほど好都合なことはない。

 何故ならニ類はこの図書館では一階に配架されているからだ。
 一階は日頃からあまり人気ひとけのないフロアだ。かなりの高確率で二人っきりになれる。

 七階の事務室でカウンターを気にしつつ本の整理をしながら過ごしていたら、果たして人の入ってくる気配があった。ドアの隙間から覗き見れば、ビンゴ! それは僕の待ち人、葵咲ちゃんだった。

 久々に見る葵咲きさきちゃんのコーディネートは、薄手の白の長袖ブラウスに、藤色のグラデーションカラーのロングスカート。足元は白のエスパドリーユ。
 女子高生の時とはまた違った大人の魅力を感じる落ち着いたコーディネートに、あの小さかった女の子も、とうとう大学生になったんだなぁと今更のように実感する。
 髪も、緩めの編み込みで一つに束ねられていて、ふんわりした印象がとても愛らしい。
 帆布のキャンバストートを肩に下げているところが如何にも女子大生っぽくていいな、なんて思ってしまう。

 鈴木君に、返却の本を手渡しながら二言三言会話を交わしているようだ。

 本を返し終わると、カウンター横のエレベーターのボタンを押す姿が目に入った。
 エレベーターを使うということは、割と下の階に行く可能性が高い。
 そう思った僕は一人事務室内でガッツポーズをする。
 エレベーターの扉が開いて葵咲ちゃんが乗り込むのを確認して、僕はおもむろに事務室の扉を開けた。
 はやる気持ちを抑えながら足早にロビーを突っ切る。
 歩きながら、エレベーターの昇降ランプを目で追うことも忘れない。
「書庫に入るついでにこれ、片付けてくるよ」
 何気ない風を装ってカウンターの鈴木君に声を掛けながら、今しがた葵咲ちゃんから返却されたばかりの本を2冊手に取る。
 無口な鈴木君が会釈で返してくるのを横目に見ながら、僕は書庫の階段を足早に駆け降りた。


***

 やはり今日も、葵咲きさきちゃんは歴史書の棚の前にいた。
 カバンは重かったのかな。足元に置いてある。
 とても真剣な顔をして本を選んでいるのを棚の本越しに盗み見て、思わず笑みがこぼれる。
 三階辺りから、僕は歩調を緩めて余り音をたてないように階段を降りた。
 このフロアに入って葵咲ちゃんの位置を確認してからは、ことさら静かに行動した。
 床に貼られたフロアマットが音を吸収してくれるお陰で、足音もほとんどしなかったはずだ。
 それで、すぐ背後に立つまで、葵咲ちゃんは僕の気配に気づかなかったらしい。
 とりあえず、上から持って降りてきたニ冊の本を手近な書架に仮置きする。

「葵咲」
 わざと少しトーンを落として背後から呼びかけながら抱きしめると、葵咲ちゃんの身体が瞬間ビクッと跳ね上がった。
 刹那、抑えきれなかった「キャッ!」という短い悲鳴が上がる。僕にはそれすら愛しかった。
 あまりに静かなフロアだったから、存外自分の声が響いたことに、葵咲ちゃんが耳を真っ赤にする。
 まさか人気のないこのフロアで、間近からいきなり声をかけられて……あまつさえ抱きしめられるなんて思ってもいなかったんだろう。
 彼女に回した腕に、トクトクと脈打つ彼女の鼓動が伝わってくる。
「……会いたかったよ」
 後ろからわざと熱を持った耳に唇を寄せて囁けば、彼女の鼓動が更に早まった。
 どさくさに紛れてブラウスの胸ボタンの隙間から柔らかな胸の谷間に人差し指を滑り込ませたら、驚いたように彼女が背後を振り向いた。
 そこで初めて僕を確認すると
「……ホントに理人りひと……なの?」
 信じられないものを見たという顔をする。
「久しぶりだね」
 言いながら、指は彼女の胸元のボタンを外しにかかる。
「ちょっと、理人っ! お願いだから悪ふざけはやめてっ」
 僕の指から素肌を遠ざけるように葵咲ちゃんが身じろぐ。僕はその動きに合わせて彼女の身体をくるりと自分と向き合うように回転させた。
 彼女を書架に押しつけるように閉じ込めたまま、真正面から見下ろすように微笑むと、彼女の瞳が大きく見開かれる。
 寸の間沈黙が流れた後、
「……どうして貴方がここに?」
 至極まともな問いかけがあった。
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