上 下
12 / 169
(3)君の名は

王子様といえばお紅茶なのにっ!

しおりを挟む
 日和美ひなみはついついふわふわさんの美貌にほだされて、条件反射みたいにそう答えてしまっていた。


 日和美がえっちらおっちら言いながら運んだ掛け布団なのに、柔らかな面差しに見えてもそこはやはり男性。
 軽々と運んでしまうふわふわさんに、日和美は危機も忘れて(ギャップ萌え最高ですぅー!)と心の中で一人、キュンキュンときめいてしまう始末。

(あーん、ふわふわ王子っ♥)

 なんて声には出さずもだえていたら、自分とは生き物の種類が違うとしか思えない美形のふわふわさんが、「よいしょ」だなんて掛け声とともに掛け布団をさくに上げるから。

(嘘ぉ! 気合いの入れ方、私と一緒♪)

 変なところで親近感を覚えて、日和美はますます彼のとりこになった。



「あの、日和美さん」

 どうも彼の見目がうるわし過ぎて、色々後手・後手に回ってしまう日和美だ。

 ベランダの手すりに乗っけた布団を支えたまま、困ったような顔をしてこちらを振り返ったふわふわさんに、「布団ばさみが見当たらないんですが」と声を掛けられて、日和美はビクッと身体を跳ねさせた。

 そう、そうなのだ。
 それを取りに行こうと布団から手を離したからあんなことになったわけで――。

 目の前でよろしく(?)布団を押さえてこちらを見てくるふわふわさんに、(あの時の不注意な私、グッジョブ! 素敵な王子様ゲットだぜ!)とか不謹慎なことを思ってしまった日和美ひなみは、
「ははぁ! すぐにお持ち致します!」
 それを誤魔化すみたいに時代劇口調で言って、いそいそと脱衣所へと向かった。

 脱衣所の洗濯機そばの壁には、百円ショップで買ってきた白色のワイヤーネットが取り付けてあって、大小様々なフック式のカゴが掛けてある。
 洗濯ばさみや布団ばさみなど、洗濯に関する用品は全てそこに入れてある山中家だ。

 日和美は急いで布団ばさみを手に取ると、ふわふわさんの待つベランダへ急行した。

「お、待た、せっ、致しま、したっ」

 はぁはぁと息を切らしながら、布団ばさみをうやうやしく両手に乗せて差し出したらクスッと笑われて。

「そんなに急がなくても大丈夫だったのに。――有難うございます」
 と、この部屋に入って三度目のキラースマイルを頂いてしまう。

「はぅっ!」

 その破壊力に思わずその場へくず折れそうになった日和美だったけれど、何とか理性で持ち堪えた。


***


 結局重い敷布団に至るまで全部ふわふわさんが干してくれたのだけれど。

 幸い〝例の本たち〟はふわふわさんには見つからずに済んだ。

 ちなみにその間ずっと、彼はしきりに汚れてしまった掛け布団を気にしていて。

 「そんなのカバー掛けちゃえば見えなくなっちゃうし、気にしなくていいですよぉー」と言いながら、日和美ひなみは一人、キッチンに立っている。



「ど、ドクダミ茶とかお口に合いますでしょうか?」

 お茶でも飲みながらと誘ったくせに、棚を開けてみたら生憎あいにく紅茶を切らしてしまっていた。

(王子様といえばお紅茶なのにっ!)

 そんなことを思う日和美に、「ドクダミ、ですか?」と、ほわりとした声音が返る。

「はい」

 ならば、と珈琲をいれようと思った日和美だったけれど、元々お茶派の日和美宅には、随分前に友人が来た時に買ってそのままにしていたインスタントコーヒーしかなくて。
 それを棚の奥から引っ張り出して恐る恐るふたを開けてみたら、見事湿気ってカチカチに固まってしまっていた。

(こんなのさすがに出せないよ)

 スプーンでちょっとだけガリガリしてみてから、全然崩れそうにないことを確認して、後で捨てておこうと決意したまでは良かったのだけれど。

 結果お出し出来るものの選択肢が、煮出して冷やしてあるドクダミ茶のストックオンリーになってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

処理中です...