色無し薬師の初恋

香山

文字の大きさ
上 下
3 / 7

3

しおりを挟む
パンッ!
乾いた音が部屋に響く。
じわじわと頬に痛みが走り、叩かれたのだと理解した。

「フォーブス様に番と言われたんだって?どうせ色目でも使ったんだろう。卑しいやつだ」

兄様に誤解されてしまった。
いや、聡明な兄様がそう言うならそうなのかもしれない。
僕が無意識にそういった態度をとっていたのだ。きっと。

「でもこれで分かっただろう?あの薬の必要性が。お前が番のままだとフォーブス様に迷惑がかかる。そうだろ?」
「……はい」

僕が俯いていると頬を撫でてくれた。兄様はいつもこんな風に僕を叱り、正しい道へと導いてくれる。本当に優しい人だ。

「部屋へ戻りなさい」

僕は頷くだけで一言も返せないまま、兄様の部屋を出た。
手紙のことを言いそびれてしまったな、と思いながら屋根裏の自室へ向かった。

屋根裏に戻ると紙でできた小鳥が、僕の手の中に舞い降りてきた。
開くと、綺麗な文字で今日のお礼と愛の言葉が書かれていた。

愛している。

その言葉を指先でそっとなぞると、色々な感情が混ざりあって胸が苦しくなった。
返事は書かないと。
簡潔にお礼を述べただけの手紙を飛ばした。



ベッドから這い出て食事代わりのポーションを呷る。
いつも通りの朝だ。
昨日はフォーブス様のおかげで固形物欲が満たされたから、夜中に厨房に忍び込む必要が無くなって良かった。
フォーブス様の黒曜石の瞳が頭を過ぎる。
彼のためにも薬の開発を急がなくては。
僕は決意も新たに実験台に向かった。

今日からは理論通りに薬を組み立てていく作業に入る。
魔法薬の開発で最も大切な作業だ。
基本的に魔法薬は必要な材料を揃えて魔法窯で煮て作る。
この時材料の下拵えの方法や煮る順番、温度、窯を混ぜる回数など、様々な要素で効果は変わっていく。
どれが正解かは実際にやってみないとわからない。
今回の薬なら、全ての組み合わせを試そうとするなら1年以上の時間がかかるだろう。
ただ、コツのようなものがあって、僕はそれを掴むのが得意だから、おそらく2~3週間程度、長くとも1ヶ月あれば正解を引ける自信がある。

「あ、ジギタリスがもう無いや」

ついでに他の薬草の在庫も確認してから、庭の温室へ向かった。
街に行かなくなってから、薬草はなるべく自分で栽培する様にしている。
魔法で温度管理されているこの温室は、なんと父が買ってくれたものらしい。
ありがたくも申し訳なく思う。
この恩に報いる為にも、早く薬を完成させたい。

温室の中は様々な薬草と、花々で埋め尽くされていた。
どんな季節でも温室の中は別世界だ。
薬草の育成具合を見ながら、必要なものを採集していく。
ジギタリスは美しい白色の花を鈴なりにつけていた。

「綺麗だな……」

こうやって植物を眺める時間が好きだ。
植物は僕を見ても何も反応しないから。
僕も植物になれたら良いのに。
白い髪は忌み嫌われるけど、白い花ならみんなから愛されるのに。



その日の夜、僕の元に再び紙の鳥が飛んできた。

「今日も来たの?」

意味もなく話しかけながら手紙を開く。
そこには今日あった出来事——騎士団の訓練で模擬戦をした事や今週末の感謝祭に向けて買い出しに出た事などが書いてあり、最後に僕の今日の出来事を教えてくれると嬉しい、とあった。
昨日と違い愛の言葉が無かったことに安堵する。
当然と言えば当然だ。昨日の返事でそこに触れなかったのだから。
このまま無かったことにしてくれた方が、助かるんだ。
自分にそう言い聞かせ、ローブを握りしめた。

「今日あったことか……」

屋敷から出ない僕の日常は基本的に単調だ。
フォーブス様の手紙にあったような面白いことは無い。

「そうだ、ジギタリスの花について書こう」

ペンを取り、今作っている薬が大詰めを迎えている事と、ジギタリスの花が綺麗に咲いていた事を書いた。

「書けた……けど、ちょっと短いかな」

紙に対して文章の割合が少なくて寂しい印象だ。
僕は少し迷って空いたスペースにジギタリスの絵を描いた。絵は苦手じゃない。

「よし。これで完成」

くるりと紙を撫でると、手紙は小鳥の形に折り畳まれて消えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生場所は嫌われ所

あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。 ※ ※ 最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。 とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった ※ ※ そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。 彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。 16:00更新

最愛を亡くした男は今度こそその手を離さない

竜鳴躍
BL
愛した人がいた。自分の寿命を分け与えても、彼を庇って右目と右腕を失うことになっても。見返りはなくても。親友という立ち位置を失うことを恐れ、一線を越えることができなかった。そのうちに彼は若くして儚くなり、ただ虚しく過ごしているとき。彼の妹の子として、彼は生まれ変わった。今度こそ、彼を離さない。 <関連作> https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/745514318 https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/186571339 R18にはなりませんでした…! 短編に直しました。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜

琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。 ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが……… ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ…… 世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。 気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。 そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。 ※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。

【完結】役立たずの僕は王子に婚約破棄され…にゃ。でも猫好きの王子が溺愛してくれたのにゃ

鏑木 うりこ
BL
僕は王宮で能無しの役立たずと全員から疎まれていた。そしてとうとう大失敗をやらかす。 「カイ!お前とは婚約破棄だ!二度と顔を出すんじゃない!」  ビクビクと小さくなる僕に手を差し伸べてくれたのは隣の隣の国の王子様だった。 「では、私がいただいても?」  僕はどうしたら良いんだろう?え?僕は一体?!  役立たずの僕がとても可愛がられています!  BLですが、R指定がありません! 色々緩いです。 1万字程度の短編です。若干のざまぁ要素がありますが、令嬢ものではございせん。 本編は完結済みです。 小話も完結致しました。  土日のお供になれば嬉しいです(*'▽'*)  小話の方もこれで完結となります。お読みいただき誠にありがとうございました! アンダルシュ様Twitter企画 お月見《うちの子》推し会で小話を書いています。 お題・お月見⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/804656690/606544354

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】王子に婚約破棄され故郷に帰った僕は、成長した美形の愛弟子に愛される事になりました。──BL短編集──

櫻坂 真紀
BL
【王子に婚約破棄され故郷に帰った僕は、成長した美形の愛弟子に愛される事になりました。】 元ショタの美形愛弟子×婚約破棄された出戻り魔法使いのお話、完結しました。 1万文字前後のBL短編集です。 規約の改定に伴い、過去の作品をまとめました。 暫く作品を書く予定はないので、ここで一旦完結します。 (もしまた書くなら、新しく短編集を作ると思います。)

処理中です...