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第1部

番外編 異世界パンツ事情

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※本編4話くらいの時の話

■■■

前世を思い出してから、小説について以外の事で困ったことはあまりなかった。
だって、俺がレイであることに変わりはないし、うろ覚えな前世よりもこの世界で生きてきた18年の記憶の方がよっぽど馴染んでいる。前世の方が便利だった気もするけど、今世だって前世に無かった魔法があるし、結構便利なのだ。生活に別段不満はない。
ただ一つだけ。とっても気になっているものがある。それは――

「このパンツ……みんな恥ずかしくないのか?」

風呂上がり。俺は白いパンツを手に取り、ムッと唸っていた。

薄いシルクの布地は滑らかで光沢も美しいが、陰部がちょうど隠れる程度の幅しかない。横のリボンを縛って身に着ける、いわゆる『紐パン』タイプのパンツだ。

王都にいたころは子供用の、前世で言うブリーフのようなパンツをはいていた。綿で出来たそれには男の子だからか狼や馬などのかっこいい刺繍が施されていて、俺は特にドラゴンのやつがお気に入りだった。
辺境領に来てからは、衣服は全部ギルが用意してくれている。当然パンツも渡されるがままはいていて、その形状に何の疑問も持っていなかった。最初に渡された時はむしろ大人になったなと誇らしくすら感じたものだ。
でも前世を思い出してから、前世基準では女物のように見えるパンツをはくのにかなりの抵抗感を覚えるようになった。
しかも薄手の生地だから、パンツの外からうっすら肌色が透けているし、ぴったりフィットするから形が丸わかりだ。

「ボクサーパンツ……は無理としても、トランクスくらいはあって欲しかったな」

貧相な下半身を見てため息をつく。これじゃあ俺の息子が小ぶりなのがバレバレだ。でも、こんな小さいパンツからはみ出さないのは良いところなのかもしれない。

「まあ、はかないよりは良いけどさ」

しっかりをホールドしてくれるし肌触りも良いから履き心地自体は悪くない、というよりむしろ良い。ただ見た目のハードルがとんでもなく高いだけなのだ。
パンツ一丁のままの自分を鏡越しにまじまじと眺めていると、ふとあることに気が付いた。

「ギルもこれ、はいてるんだよな……?」

頼りない布地に覆われたギルの股間が思い浮かぶ。引き締まった腹筋の下に、(多分)はみ出さんばかりの立派なそれが布地越しにくっきりと姿を露にしていて――

「わあああぁーー!!!」

叫びながら頭をブンブン振って思い浮かべた映像を掻き消す。
反応してしまいそうな股間を片手で抑えながら、そそくさと部屋着を着こんだ。
好きなひとの下着姿を妄想して興奮してしまうのは、健全な男子として正常な反応だ!
ギルがまだ帰って来てなくてよかった。風呂で叫ぶなんて心配されてしまうし、理由を聞かれたら良い言い訳を思い付けなかっただろう。
心を落ち着けながら夕食にと買ってきたお惣菜を並べていると、扉が開いた音がしたのでいつものように玄関に走った。

「おかえり! って、どうしたの!?」
「急に雨が降って来てね。急いだんだけど結構濡れちゃった」

俺が帰って来た時には晴れていたのに、いつの間にか雷も鳴るほどの土砂降りになっている。
ギルは困ったように笑いながら、手の甲で顔を拭った。
髪から滴り落ちた水が照明の光を反射しながらぽたりと落ちる。何の気なしにそれを目で追うと、シャツが肌に張り付いていて、その下の鍛え上げられた肉体が透けて見えた。

「――っ!」

透ける肌色にさっきの妄想を思い出してしまい、慌てて目を逸らす。

「か、か、風邪ひくぞ! 風呂あるから! 入りなよ!!」
「そうさせてもらうよ」

俺の勢いに、ギルが笑った気配がする。俺はギルに目を向けないようにしながら、脱衣所に押し込んだ。

「はぁ、もう。心臓に悪い……」

まさに水も滴るイイ男。目の保養だが、目の毒だ。
もんもんとしながらも食事の準備を終え、ふう、とソファーに座り込むと、机の上に畳んだタオルが積み重なっているのに気付いた。
そういえば今朝、ほとんどのタオルをまとめて洗濯したんだった。今脱衣所にはタオルが無いかもしれない。
ギル脱衣所に入ってから時間が経っているから、そろそろ風呂から上がってしまうかもしれない。ギルが出てくる前にタオルを置いておかなくちゃ。
俺はタオルを手に脱衣所の扉を開けた。

「ギル、タオル……っ!!」

予想に反して、そこにはギルの姿があった。タオルを首からかけ下着を着けただけのギルの姿に、さっきまでの俺なら興奮して鼻血を出していたかもしれない。
でも。

「……ずるい」
「え?」
「俺もそのパンツが良い!」

ギルのはいているパンツ。それは前世のトランクスによく似た形をしていた。まさに俺が求めていたパンツだ。こんな形のものもあったなんて。
憤慨する俺に、ギルはきょとんとした顔で首を傾げた。

「レイの下着も良く似合ってて可愛いと思うけど」
「うっ……でも……」

ギルに可愛いと言われて少し揺らいでしまうが、このまま折れれば紐パン生活から抜け出せない。俺は心を強くもって、ビシッとギルのパンツを指差した。

「俺だって、かっこいいパンツがはきたいの!!」
「……」
「……」

無言で見つめ合うこと数秒、先に口を開いたのはギルだった。

「……えっと、分かった。じゃあ明日買いに行こう」
「やだ! 今すぐはきたい! 予備とか無いの?」
「新品は無いよ。洗濯してあるのはあるけど」
「じゃあそれでいいから貸してよ」
「……レイがそれで良いなら」

ギルは一瞬動きを止めたが、引きつった笑みを浮かべながらも頷いた。
俺の粘り勝ちだ。こんなわがままも許してくれるなんて、やっぱりギルは優しい。

ギルは引き出しからパンツをひとつ取り出し、俺に手渡した。

「ありがと!」

お礼を言いつつ受け取って、さっそくはき替える。ウエストに通っている紐で調節できるから、ギルのサイズでもずり落ちることなくはけた。
前世ではボクサーパンツ派だった俺はトランクスをはくのは前世の幼少期以来だけど、しっかりとした布で覆われて安心感がすごい。

「じゃーん! ほら、こっちのが似合うでしょ?」
「あはは……そうだね」

くるりと回って見せると、ギルは苦笑いしながらも頷いてくれた。
たかがパンツと呆れられたかもしれないが、俺にとっては大事なことなのだ!





翌朝。いつものパンツを拒否して、ギルのパンツを借りたまま仕事に出かけた。
ギルは何度もパンツを変えた方が良いと言ってたけど、俺は頑として譲らなかった。
別にパンツくらい何でも良いじゃんか。
そう思っていたんだけど……

「うー……なんかスースーする……」

研究所の制服であるローブはスカートのようになっているから、裾から空気が入ってくる。さらに、動く度にぶらぶらするからどうにも心許ない。
昨日はズボンをはいていたから気付かなかったけど、服とパンツに相性があるなんて。

「レイ、どうかしたか?」
「い、いえ。なんでもありません」

妙にそわそわと挙動不審な様子に先輩から心配されながらも、なんとか無事その日の業務を終えた。
この後はパンツを買いに行く約束だ。ギルはもうエントランスにいるだろう。
終業の鐘とともに研究室から走りだした――のだが、予期せぬ感触に思わず立ち止まった。

「っ、油断してた……」

内股にビタビタ当たるのが妙に気持ち悪い。ぶらぶらさせないよう慎重な足取りでエントランスへ向かった。

「お仕事お疲れ様。じゃあ行こうか」
「ギル、折角来てもらったけど……」

今日1日でパンツを買う気はだいぶ萎んでいた。その旨を伝えると、ギルは少し考えこんだ後、俺に視線を合わせた。

「レイは何で違う下着を着けたかったの?」
「だって……恥ずかしいだもん。男らしくないし」

口に出すとあまりに子供っぽい理由で恥ずかしくなる。でもギルは笑ったりせず、真剣に答えてくれた。

「あの下着は男性用だし、全く恥ずかしくないけど……そうだ! 実際に売り場を見て確かめてみてよ」

無言で頷いた俺の手を引いて、ギルが歩き出す。ついた先は商店街の片隅にある、男性用の衣料品店だった。

「いらっしゃいませ」
「すみません、下着を探しているんですが」
「こちらです。どうぞ」

店員さんに案内されて店の奥に進むと、たくさんのパンツが並んでいた。見渡す限りのパンツ、パンツ、パンツ。
更に、店の奥には薄いカーテンがかけられていて、その先にもパンツが並んでいるように見える。

「これ、全部男性用なんですか?」
「はい、もちろんです」

見た感じ、パンツのかたちは半分くらいがトランクス型で、もう半分が紐パンだ。
俺がはいていたのはいつもシンプルな白のパンツだったけど、色とりどりのパンツがあって、レースがついていたり刺繍が施されているものも多くあった。
恥ずかしいと思っていた俺の紐パンは、紐パンのなかではむしろ男らしいものだったようだ。

「この中で売れ筋はどれですか?」
「そうですね。お客様のような薬師の方でしたら、こちらが売れ筋です」

店員さんが示したのは、淡いピンク色をした繊細なレースのついた紐パンだった。
手に取ってまじまじと眺める。実際に目にしてもなお、これを男がはいているのだとは受け入れがたかった。

「でも、変じゃないですか? 俺みたいな男が、こんな可愛いパンツをはいたら」
「下着まで美しくこだわりたいという心に性別は関係ないと思いますよ」

店員さんの言葉にハッとした。男らしいとかそういうのは、前世の価値観だ。この世界で生きてきた記憶を辿っても、そんなの言われたことは無い。
そう気付いてしまえば、このパンツだって別段恥ずかしくないように思えてきた。

「ギル。俺、このパンツ買うよ」
「それでいいの? こっちじゃなくて?」
「うん。こっちの方がはき心地良いし。それに」

パンツを見せながらギルの顔をじっと見つめた。

「良く似合ってるんだろ?」
「っ、もちろんだよ!」

ギルは一瞬固まった後、満面の笑みを浮かべて何度も首を縦に振った。



「他になんか買う?」
「せっかくだし、あと何枚か買っていこうよ。レイが選んで」
「そうだな、えっと……」

棚に置かれたパンツを順に眺めていると、真ん中の方に刺繍の施されたトランクスと、それによく似た刺繍の紐パンがセットで並べられたコーナーがあった。その中で、紺色のパンツを手に取る。

「これは……」

対になったデザインのトランクスと紐パン。まるでペアルックみたいだ。
植物のような図案の刺繍は華美すぎず、ギルにもよく似合うだろう。
でも、頼まれてもいないのにギルの分まで買うのはおかしいし、第一俺とお揃いなんてギルが嫌がるかもしれないし。
パンツ片手に悩んでいると、ギルが後ろから覗き込んできた。

「それが良いの?」

すかさず店員さんが声をかけてくる。

「そちらは1枚でもお求めいただけますが、2枚組ならお得ですよ」
「良いね。じゃあ俺も買おうかな」

ギルは俺の持っていたパンツと対になる、紺色のトランクスを手に取った。

「それ……」
「レイとお揃いで嬉しいな。もう何組か買おうよ」
「! うん!」

ふたりで相談しながらさらに2組のパンツを買って、俺たちは店を後にした。



「ギル、今日はありがとう」
「こちらこそ。楽しかったよ」

2人で買い物に来ることはよくあるけど、今日の出来事は特別だ。
ギルと、お揃いの……パンツ。
想像するだけで嬉しくなって、つい頬が緩むのを抑えられなかった。
でも、収穫はそれだけじゃない。

「ね、今度は服を買いに行かない? 俺、ギルの服選びたい」

今まで俺は着るものに無頓着で、ギルが用意してくれたものを着るだけだった。でも、今日の買い物を通じて、身に付けるものを選ぶ楽しさを知ったのだ。

「レイが選んでくれるの? 嬉しいな」

ギルが柔らかく微笑んだ。きっと今、俺も同じ表情をしているだろう。

こうして俺たちは、パンツだけでなくお互いの洋服も選ぶようになったのだった。
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