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第1部

14 媚薬の効果

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その日の夜、俺は食事の片付けを終えると、ふたり分のお茶を淹れた。お揃いのカップに注がれた琥珀色の液体の一方に、媚薬を垂らす。お茶の表面がうっすらと光り、消えていくのを苦々しい思いで眺めていた。
あとはこれをギルに飲ませて、結婚を迫ればいい。そうすれば小説通り、ギルは自分の気持ちに気付けるだろう。

「全く見分けがつかないな……気を付けないと」

間違えないよう慎重に媚薬入りのカップを左手に持ち、リビングへ向かった。


「ギル、お茶淹れたよ」
「ありがとう」

左手に持っていた方のカップを手渡す。ギルは何気ない仕草でそれを口元へ運んだ。その様子がやけにスローに見え、緊張でじんわりと汗が滲み出る。
あと少しで唇がカップに触れる。その瞬間、ギルは口を開いた。

「いつものと茶葉が違うね」

かけられた声にドキッとするが、内容からして媚薬に気付かれた訳じゃなさそうだ。俺は務めて冷静に答えた。

「そう。リリーがお土産で持ってきてくれたお茶だよ」

念には念を入れて、いつもと違うお茶を用意した。媚薬は無味無臭のはずだが、これで万が一の違和感にも気付かれないだろう。

「へぇ……」

ギルは持っていたカップを一旦机に置いた。ホッと息を吐く。
やっぱり、止めた方が良いかな――

「レイ」

名前を呼ばれて、反射的にカップを置く。ギルの方に顔を向けると、ギルは探るように俺の目を見つめていた。

「俺になんか隠し事してない?」
「し、してないよ……」

鋭いギルの事だから、何かの違和感に気付いたのかもしれない。でも、俺が何かした証拠は無いはずだ。
ギルからの視線は痛かったが、逸らしたら不自然だと思うとギルから目が離せなかった。

「ふーん……」

ギルはそれ以上追及することはなく、再びカップを手に取ると中身に口をつけた。
一瞬の出来事だった。喉が動き、嚥下したことが分かる。

飲んだ。――飲んで、しまった。もう後戻り出来ない。

緊張で喉が渇いた俺は、自分のカップを手にすると一気に中身を飲み干した。
媚薬は即効性だ。もう効果が出てくるころだろう。後は俺がギルに結婚を迫れば――

ドクン、と心臓が大きく脈打つ。突然体の奥が熱くなると同時に、下半身からじわじわと快感が上って来た。

「あ、れ……?」

まるで媚薬を飲んだかのような症状に戸惑いを隠せない。俺はちゃんと、媚薬入りの方をギルに渡したはずだ。

「なんれ……?」

もうすでに呂律が回らない。体が支えていられず、ソファーに倒れ込んだ。

「何でか知りたい?」

頭上から降ってきた言葉に目線を上げると、ギルは蕩けるような笑みを浮かべていた。

「レイが何か企んでると気付いたからね、カップをすり替えたんだよ」

ギルが髪を触るほんの僅かな刺激すら、甘い責め苦のように神経を擽る。声にならない悲鳴を上げながら、俺は小さく震えた。

「これ、媚薬? そんなもの飲ませて、俺に何をしようと思ってたの? 悪い子だね」
「ごめ……なさ……っ」

最低だ。また失敗してしまった。しかもこんな大事なところで。
このままじゃ俺がギルに嫌われただけで終わってしまう。どうにかして役目を果たさないと。
朦朧とした頭で、それだけははっきりと認識していた。
俺は力を振り絞って体を起こし、ギルにのしかかった。

「ぎるぅ……おれと、けっこんしてぇ……」

舌足らずな声で懇願しながら、震える手でシャツを脱ぐ。ボタンが上手く外せなくて、引きちぎるように前を広げた。
顔は汗と涙でぐしゃぐしゃだ。ぼたぼた流れ出る涙で前が見えないから、今ギルがどんな顔をしているのか分からないのがせめてもの救いだった。
きっとこんな無様な姿、ギルも呆れているだろう。

「レイは、俺と結婚したいの?」
「したい……ぎるが、すきだからぁ」

口に出してしまえば、もう止められなかった。
ギルが好き。
リリーに渡すなんて、絶対に嫌だ。
両手でギルの胸にしがみ付いて顔を埋める。涙がギルの服に染み込んだ。
こうして触れ合えるのはこれが最後だろう。この感触を忘れないように、俺はギルの胸に頬を擦り付けた。

「レイ」

ギルの声が耳元で響く。その甘い声に背筋がゾクゾクした。ギルは俺の体を気遣うように頭を撫でてから、俺の顔を上げさせた。俺の予想と違い、ギルは顔を少し赤らめながら満面の笑みを浮かべていた。

「俺もレイが好きだよ。結婚しよう」

その言葉と表情で、俺の最後に残っていた欠片ばかりの理性は吹っ飛んでしまった。

「うれしい。ぎる、すき……だいしゅき……」

首に抱きついてちゅっ、ちゅっ、と何度も吸い付く。俺は自分の役割も忘れ、ただ喜びに浸っていた。

「ふふ、俺のお嫁さんはいたずらっこだね」
「およめしゃん……?」
「そう。なってくれるんだよね?」
「なるぅ……ぎるの、およめしゃん……」

ブワブワッと歓喜が胸を染め上げる。首筋へのキスを再開すると、ギルはくすぐったそうに笑った。

「ねえ、こっちにもキスしてよ」

ギルと目が合ったかと思うと、唇に柔らかいものが触れる。そのまま隙間を押し入られ、舌を絡めとられた。

「ふ、んぅ……っ」

唾液を交換し合うような激しいキスに息が上がっていく。媚薬の効果と相まって、全身が火照って苦しいほどだった。

「ふ、ぁっ……」

離れた唇の間に銀の橋が架かる。ギルは親指でそれを拭うと、妖艶な笑みを見せた。

「もっと気持ち良いこと、しようか」

囁かれた言葉に、こくりと首を縦に振る。
ギルは俺の体を軽々と抱き上げると、足早に自分の部屋へ向かった。


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