17 / 36
陰謀渦巻く他国の王宮
7
しおりを挟む大広間を後にした美夜は脇目もふらず、一目散に自分に割り振られた部屋に駆け戻っていた。
途中で捕まりそうになったけれど、それもなんとかかわし、今やっと一息つけたところだ。
(……そういえば、この国に来てからがなかなか考えることが多かったせいで自分の問題を忘れていたわ)
備えつけのティーワゴンでお茶を淹れようと席を立ち、壁際に向かう。
机から目を離したのはほんの僅かのことだ。
しかし、その僅かな時間でも彼にとっては十分だった。
「……ミヤ。どうして私の元から逃げるんです?」
「ひっ!」
(なんで!? 鍵かけたはず……って関係ないわ、この子達には)
さらに言えば、クリスが座る椅子と、今、美夜がいる壁際、そして入口の配置はクリスが魔法を使えるということを抜きにしても美夜にとって実に分の悪い配置だった。
これ以上刺激してはいけないというのは長年の勘で分かる。
伊達に小さい頃から世話をしていないのだ。
(ここは穏便に部屋を出て行ってもらうのが一番)
「夜に女性の部屋を訪れるのはマナー違反だって教えなかったかしら?」
「質問に質問で返すのはマナー違反じゃないんですか?」
「……そうね。謝るわ。どうして逃げるのかって? 私は貴方達の世話係からは下りたっていうのに、これ以上城の方達と懇意にしているとあまり良く思わない人達がいるのよ」
「なら、その者達を全員黙らせればいい」
(……ほんっと、あの人と親子だわ。あの人はクリスのこと、今だに認めてないけど、こんなとこでちゃんと血は繋がってるって分かるなんて)
物騒な考えを平気で口にするところは父親のレイモンドにそっくりだ。
引退して所領で生活していると聞いたけれど、まだまだ引退するような歳じゃない。
きっと今は亡き奥方の側にいたいという我儘な父親と、美夜を囲い込むための力が欲しいという息子の間で図らずも利害関係が一致したのだろう。
「あのね、クリス。貴方は賢い子だもの。本当は分かっているんでしょう? そんなことしても無駄だって」
「……無駄かどうかは分からないでしょう? とりあえずはミヤの逃亡先をなくすために、あの男を手始めに始末して」
「絶対にダメよ!?」
(宰相補佐が他国の王子を殺害するなんて、国際問題もいいところだわ! 下手したら戦争になりかねないじゃない! ダメダメ、絶対にダメっ!!)
「ミヤ、私は貴女のためなら国なんてどうでもいい」
クリスが立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
そして、あっという間に壁際まで追い込まれた。
「そうだ。ミヤ、貴女が私とずっと一緒にいてくれるって誓ってくれるなら私は何もしません」
「……誓えなければ?」
「簡単です。貴女が大切にしている城下を焼き払う」
「なっ!?」
「ミヤが私より優先するものがあるなんて許せませんから」
「……見ない間に随分と最っ低な男に成り下がっているみたいね」
「なんとでも? 私はミヤさえ手に入れば後は本当にどうだっていい」
編み込まれた髪が一筋落ちていたのをクリスが手に取り、口に近づけていく。
その手を美夜は叩き落とし、そのままの勢いでクリスの頬を打った。
「今のでよっく分かった。私はやっぱり貴方とは一緒にはいられない」
「じゃあ、城下の人間達を見捨てるんですね」
「そんなわけないでしょう? 今ここで誓っても、あなたはまた自分が気に入らないことが起きると絶対に別のものを犠牲にしようとする。そんなのいたちごっこでしかないもの。被害を最小限に食い止められるよう努力するわ。それと、貴方がその考えを改めるまで絶対に口をきかないつもりだから、そのつもりで」
美夜がそのまま部屋を出ようと扉へ向かった時、背後からか細い声がした。
「ミヤは、ぼくとくちをきいてくれない?」
舌ったらずな口調に、美夜は彼が幼かった頃のことを思い出した。
あの頃はマクシミリアン同様ただ純粋に慕ってくれていたのに、何がどうしてこうなったんだか。
美夜は自分の欲のために自分の国の何の罪もない人達を傷つける発言をした彼のことを簡単に許せる気にはなれない。その人達が自分の見知った人達だというならなおさらだ。
(……それでも、嫌いだと思い続けられないのが育ててきた世話係の弱みってやつよね)
クリストファーが何もしてこないことをいいことに、美夜はそのまま部屋を後にした。
途中で出会った侍女に事情を説明し、別の部屋を割り当ててもらう。これだけ広い王宮だ。すぐに用意され、美夜はその部屋に移った。
さすがに今回は長期戦になりそうだと思いつつ、いずれ向こうが折れるだろうとタカをくくっていたのだ。
ブラッドフォードの宰相補佐が行方不明であると知らせを受ける翌日の朝までは。
0
お気に入りに追加
1,492
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
僕のおつかい
麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。
東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。
少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。
彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。
そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※一話約1000文字前後に修正しました。
他サイト様にも投稿しています。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる