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序章

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「そなたに良いものを見せてやろう」
「よいもの、ですか?」


 近うよれと扇で女の人――女神様のすぐ正面をさされ、膝立ちでにじり寄った。

 孤児院から侯爵家に引き取られてからこうしたハシタナイと言われる行動は久しぶりだ。
 
 でも、さすがに神様を前にして立って近づくと見下ろしてる感じがしてなんかまずいような気がする。
 それでも来いと言われてるから行かなきゃいけない私と女神様の妥協点だった。主に私側の。

 それに侯爵令嬢とはいえ、元は親を持たない孤児。教会の孤児院でも自分より小さな子供の面倒をあっちでバタバタこっちでバタバタ見ていたものだ。

 令嬢にあるまじき行為? そんなの、今では何のしがらみも無いんだから関係ない。


「そなた、誰ぞ探している者がおるのであろう?」
「え?」


 先ほどのニヤリとした笑みではなく、柔和な笑みを浮かべた女神様が青く光る炎を手の平の上に灯した。

 私の身体を燃やし尽くしただろうあの炎とはまた違う、綺麗で不思議な輝きを見せる炎に、私はしばし見入った。


「炎は恐ろしくはないかえ?」
「はい」
「自分の身を焼いたものだとしてもか?」
「……はい。確かに足元は熱いと思ったけど、目を瞑っていたら、いつの間にかここにいたんです。だから、自分が焼かれたっていう感覚がなくて」
「なるほど。……あやつめ、自分の気に入りの娘の魂を先に狩り取ったか」
「え?」
「なんでもない。さぁ、それならばもっとよく見よ」


 女神様の言葉に吸い寄せられるようにして炎を覗き込んだ。
 
 最初はただ炎の揺らめき加減で様々な色を見せるだけだったが、段々と中心部分が他の部分とは違う色を帯び始めた。

 それは徐々に確実に広がっていき、終いには幼い少年の姿を模すまでになった。


「この子は……」
「そなたの探し人の生まれ変わりぞ。ちと特殊な家に生まれ落ちたゆえに、面倒な立ち位置に立たされているがな」
「……」


 少年はずっとニコニコと笑っている。
 まるでそれ以外の感情を表にだすことを許されていないんだろうかと感じるほど。

 でも、そういえばそうだった。あの人もどんな時でも笑っていた。

 あの人が表情を変えたことを見たことは……ない。

 時たまそれがそら恐ろしく感じることがあったけれど、少年という幼い形をしているからそれが余計に際立っていた。

 まるで精巧な人形のよう。
 

「どうだ? そなた、アレの元で使役される身となってみるか?」
「使役、ですか?」
「うむ。我の遣いとして行かせるつもりじゃから姿は狐を模してもらうが、なに心配はい
「行きます! 行かせてください!!」


 どんな姿になってもあの人はあの人に違いない。

 そして、それは私も一緒だ。


 女神様の気が変わってしまう前にと前のめりに答えてしまった。


「……一つだけ約束じゃ」
「なんでしょう?」
「真名は誰にも明かしてはならぬ」
「真名? アナスタシアの方のですか?」
「そうじゃ。真名は秘するもの。よいか?」
「分かりました。お約束します」
「うむ。その言葉、決意、ゆめゆめ忘れるなよ?」


 女神様は満足げに頷くと、あの人が映っていた炎を消し、今度は白い炎を掌に浮かべた。


「さぁ、これを飲め。そうすればそなたは狐の姿を模すようになる。まぁ、言うなれば魂の周りを覆う毛皮のようなものよ」
「は、はい」


 恐る恐る女神様の手からその白い炎を受け取る。


 大丈夫、熱くない。


 深呼吸をして、白い炎を口の中へ放り、飲み込んだ。


「これでそなたは我が神使にしてあやつの式。十分その役目を果たせ」


 まるで真綿に包まれてゆりかごに揺られるような心地よい眠気が訪れ、目を閉じる前に聞こえてきた声は確かに笑っていた。


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