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負けず嫌いは勝利の秘訣

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◇ ◇ ◇ ◇


『……び』


 誰だろう? 声がする。
 温かくて、優しくて、ほっとする。そんな声。


『……』


 もっと聞いていたいなぁ。ダメかなぁ?


『……みやびっ!』
「はいっ!」


 微睡まどろんでいた思考が、条件反射ではっきりと覚醒かくせい余儀よぎなくされる。
 飛び起きた私の目にまず映ったのは、り上がった母の目だった。


「……お母さん? ここは?」


 慣れ親しんだ実家でもなく、すっかり我が家と化した東の屋敷でもなく。どこかのお屋敷の広い一室に、私と、ここにいないはずのお母さん。そして、お母さんの横には当然のようにアノ人の姿もある。

 ふと自分の身体を見ると、小さいまま。夢なら元の姿に戻してくれてもいいのに。

 起きた私を見て、お母さんはゆるゆると目尻を下げた。


「雅。元気そうで安心した。ずっと心配してたのよ」
「お母さん。あのねぇ、今とっても良い人達にお世話してもらってるの。見て、私、ちびっこなんだよ?」
「……ほんと、お母さんに似て能天気なんだから」
「おばあちゃんのことは言わないで。……お母さんこそ、大事な話、してくれてなかったじゃない」
「でも、話して信じられる? 父親が神様だなんて」
「無理」
「でしょう? 私だって最初は、あぁ面倒だなぁなんて思ってたんだから」


 あ、あの、お母さん。隣にいる存在、忘れてませんか?


優姫ゆき、そなた、そんなことを思っていたのか?」
「はいはい。あなたとは向こうでも話せるでしょ? それに、あなたは良くても、私が雅と話せるのはここでだけなんだから。ちょっと黙ってて」
「うむ。帰ったら早急に話合わねばなるまい。大体、そなたは神嫁としての自覚が」
「それでね、雅。あなた、自分が神の子としての自覚はでてきた?」
「話を聞かぬか」
「ちょっと黙っててってば! それができないなら、向こうへ行ってて!」
「ま、まぁまぁ」


 子供に親の喧嘩けんかの仲裁させるなんて、どうしたもんか。

 ここは一つ、仲良くやってもらえませんか?


「優姫が我にだけ冷たい」


 ほら、いじけて本当に向こうに行っちゃった。
 あれは後が面倒になるタイプだよ? 絶対。

 でも、お母さんに雑に扱われているアノ人を見て、ちょっとスカッとした気分になっちゃった。今度からはもうちょっと親子らしく振舞ってもいい、かもしれない。

 神様に対してとんでもない上から目線だけど、一応、親子だから問題ないってことで他の神様方にはお許し願おう。


「……雅、さっきも聞いたけど、神の子としての自覚はでてきた?」
「うーん。確かに普通の人間じゃないなーとは思えてきた。だって、怪我とか一瞬で治せちゃうんだよ!? 他にも、野菜を急成長させたり、悪い人達らしめるために穴を開けられたり、宙を浮けたこともあったなぁ。……自分では降りられなかったけど」


 あの時はまだ自分にそんな力があるなんて知らなかったから。

 試しにちょっとだけ浮いて見せると、お母さんの表情はみるみるうちに沈み込んでいった。


「……そう。そんなに」
「お母さん?」


 もしかして、まだ大事なこと、言ってなかったりします?


「雅、落ち着いて聞きなさい。あなたがその外見から変わることは今のところ二度とないわ」
「……え?」


 耳を疑うセリフとはこのことだ。

 日頃この外見のおかげで得をしていることの方が断然多いが、それでもやっぱり不便なことも多少はある。

 このままなのではという当初感じていた不安が、まさかの形で当たってしまった。


「ど、どういうことかな? それは」
「雅がこの外見になったのも、そっちの世界に飛ばされたのも、みんなみんなみーんなあの人が悪いんだから!」


 ど、どうどう。落ち着いてよ。
 自分より取り乱している人を見ると、かえって冷静になれるって不思議。


「雅が生まれた後、すぐに出雲で神議かみはかりがあったのよ。それに出席したあの人が至る所で娘自慢をしたらしくて、った勢いで他の神様にあなたを差し出す約束までしでかしてんのよ!」
「はぁ!?」
「そうよね? はぁ?よね? だから言ってやったのよ。実家に帰らせていただきますって。とっとと帰ってやったわ」
「お母さん、私、そんなの無理。絶対無理」
「分かってる。……なのに、あの人ときたら。自分がしでかしたことの重大性がわかっていないのか、けろっとして迎えに来たとか言って。下手に神官に姿をいつわってくるから、それを見た参拝者さんが好意を持っちゃって、あなたの誘拐事件とかとんでもない事態になるし」


 あぁ、その事件ならアノ人も言ってた。

 って、とんでもない野郎じゃないか、アノ人は!

 誰だ? 親子らしくなんて言ってたのは。
 前言撤回! 断固認めません!


「さすがにその神様も幼女趣味はないみたいだから、今のあなたのその姿よ。こっちの世界だといずれバレちゃうし、この屋敷でも問題ないかと思ったんだけど……タチの悪いことに、あの人の友人らしいから、ここも安全とは言い難い。消去法で別の世界になったってわけ」
「なんてこった」


 私、完全に巻き込まれの被害者じゃん。
 そういえば、アノ人、お母さんさえいればいいとか言いきってたもんな。


「これで外見が幼くなっただけなら、まだ説得して諦めてもらうこともできたんだけど。実際に力が出てきたのなら、修行と称して寄越せと言われても不思議じゃないわ」
「ちょっと! お母さんてば、おどかさないでよ!」
「事実よ。いい? 人外、こと神様相手には、人間の常識は全く通用しないんだからね?」


 ……じょ、冗談じゃない。
 ロリコンな神様ではなくて安心、してもいいのかが大いに不安になってきた。


「とにかく! 悪目立ちはしないこと! 分かったわね?」
「了解です!」


 これほど力を入れた返事をお母さんにしたのは初めてかもしれない。
 親子揃って固い決意を確かめあっていた時、室内に置かれた仕切りの役割を果たす屏風びょうぶの陰からあの人が顔をのぞかせた。


「優姫。先程、あやつからの先触れがあった。もうすぐここへ来るらしい」
「なんですって? 丁度いいわ。今日という今日こそ諦めてもらわなくちゃ。雅、あなたは向こうの世界に戻りなさい。お世話になっている人達にちゃんと感謝するのよ?」
「分かった。でも、戻り方が」
「大丈夫。目を閉じて、あなたが戻りたいと思っている場所や人のことを強く念じればいい。あなたはやればできる子だもの。ほら、早く」
「う、うん」


 えっと、戻りたい場所、人。
 綾芽、海斗さん、夏生さん、劉さん、薫くん、巳鶴さん、おじさん達。東の皆のところに戻りたいなぁ。

 目を閉じて、皆のことを思い浮かべると、まぶたが真っ白な光に包まれていくのが分かった。


『離れていても、私は雅のこと、大好きよ』


 私もだよ、お母さん。
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