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不正は絶対許すまじ

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 自白剤により、ボリスは素面しらふの時では絶対に語らないだろう内面までもペラペラと語り出した。それはまるで、長年積み重ねられたせきが切られたかのように。

 その収穫は予定外のものにまで及び、即座に第三課のコリンを学園長室に呼び出した。


「ごめんね、コリン。忙しいだろうに」
「いえ、大丈夫ですよ。丁度この間の件の始末書を書き終えて、休憩を取ろうかと思っていたところでしたので」


 始末書を書くような件といえば、私が予算会議中に出向かされた一件のことだろう。確かに、あの時は患者の治療で気にならなかったけど、後から上がってきた全体報告書を見てみれば、かなりの被害が出ていた。跡形もなく消せという指示でも出ていたのかと思うほど。

 でも、あの時の指示系統のトップは主――第三課精鋭部隊第一部隊隊長であるリュミエール様で、始末書というなら主が書かれるのが筋というものだろう。なんだってまた、指揮系統上はさらに上であるコリンが……。

 と、ここまで考えて理解した。


「……ちょっとここにお座んなさい」


 コリンの腕を引き、ソファの一角に座らせる。新しく紅茶を淹れ、コリンが持参してきた茶菓子も合わせて前に出した。


「甘やかしたつもりはないんだけど、一応言っておくわ。ほんっとうにごめんなさい」
「えっ? あ、いや、いいんですよ。元々そういう約束があったので」
「約束? また変な約束させられてるんじゃないわよね? 駄目よ。駄目なことは駄目ってその場でしかってくれないと。後でまとめてなんて、なんで叱られているか分からなくなるんだから」


 一族の末っ子気質の主は自由奔放で、自分の感情に実に素直に生きていらっしゃる。それを私ともう一人の守役が都度指導してきたのだけど、それが許されるのは内輪の時だけ。他人に、しかも仕事上で迷惑をかけていいものではない。

 そう言うのに、コリンは“大丈夫ですから”と笑い、カップに口をつけた。


「星鈴、大丈夫だよ。コリンがそう言うなら」
「それにほら、自分以外の報告書の内容が見れたものではなかった、という実体験から、ということもありますし」
「……」


 ナルの一言に、コリンは余所よそを向き、無言を貫いた。ほんの僅かに、口元に何とも言えない物悲しき笑みを浮かべている。これは見事な図星であったらしい。

 そういえば、アレ――第三課長であるカミーユが作成した報告書も今までそう見たことがない気がする。第六課うちに提出する報告書のあまりのたまりように、しびれをきらして痺れ薬を盛って数日間病室のベッドとお友達にした時も、そういえば第三課の書類は承認印だけポンポン打ってたような。それも、あのペースからして大して中身を見ずに。


「……コリン、悪いことは言わないから、今回の採用枠で事務処理もできる人をいれた方がいいと思う。このままだと貴方が倒れるし、倒れたら第三課は終わりよ」
「あ、あはは。それは……まずいですよねぇ」


 そうしますと素直に頷いたところを見ると、さすがに自分でも限界は感じていたんだろう。過労死なんて第六課がある限りさせないけれど、よくもまぁ上手いことやってきたものだ。


「それよりも、ご用件はなんだったんでしょう?」
「あぁ、ごめん。そうよね。……ペトラニア。この名に聞き覚えは?」
「聞き覚えもなにも、先日、ミエ――貴女の主達に捕縛に行ってもらった組織の頭目の妻、というていで、事実上組織を牛耳ぎゅうじっている者の名です」
「そう。そのペトラニア。先日の捕縛では捕まらなかったそうだけど、そのペトラニアが潜伏しているらしいのよ。彼の主人の家に」
「え!?」


 どうやらそこまで情報が掴めていなかったようで、コリンは私が指し示す方を勢いよく振り向いた。もちろん、ボリス少年の方をだ。まだ自白剤が抜けきれないようで、少しぼぉっとして何もない宙を見つめている。

 すかさず、ナルがボリスの発言をまとめた調書をコリンに渡す。そして、コリンはフェルナンド様と視線だけを交わした。フェルナンド様が言外の意思をみ、頷くと、コリンはボリスの横へ腰かけた。


「そのペトラニアという女性、どんな容姿をしていますか?」
「……赤茶色の、腰まであるウェーブのかかった髪。右の目元と左の口元に黒子が一つずつある」
「身長は? どのくらいです?」
「百六十くらい」


 ボリスはコリンの矢継ぎ早の質問にも、すらすらと簡潔に答えた。


「どう? 本人に間違いなさそう?」
「はい。レオン様が尋問で聞き出した情報と合致しています」


 レオン様が尋問で、ねぇ。尋問って、精神を病ますほどのものであれば、それはもう尋問じゃない気がするんだけど。

 こういうのを尋問って一言で済ませちゃう辺り、比較的まともな部類のコリンも第三課に、というよりあの三大魔王に毒されているというか、本人にも元々そういう気質があったんだと諦めるべきか。

 強いて言うならただ一つ。もはや手遅れだってことね。


「……でも、驚きよね。学園にいる者から犯罪シンジゲートの親玉の一人の居所がつかめるだなんて。てっきり、トカゲの尻尾切よろしく売買のみの関係かと思ってたのに」
「えぇ。こうしちゃいられません。僕は戻ってカミーユ様に報告を。……彼も連れていっても?」
「あぁ、悪いんだけど、彼の主人に第六課なりの教育をしてやりたいの。彼にはその手伝いをしてもらわなきゃならないのよ。終わったら私がその主人共々連れて行くから、先にそっちの方に着手してくれる?」
「分かりました。よろしくお願いします」


 ここで呑気にしていたら標的に逃げられてしまう。コリンは私の言葉を何一つ追及せず、そのまま転移門を出してバタバタとこの場を去っていった。


「星鈴」
「はい?」
「駄目じゃないか」


 課の長であるフェルナンド様。その彼の許可なく勝手を言ったことをたしなめられるのかと思いきや。


「そういうことはもっと早く教えてくれないと。ほら、早く準備を進めないと」
「そうですよ。えっと、何がいりますかね? 必要なものがあるなら取ってきます」
「あ、どうせなら、これで第六課の内定出す子も見繕っちゃおうか」
「あ! それ、すごくいいですね! やりましょう!」


 いつの間にか、そもそもの言い出しっぺの私抜きで話がどんどん進んでいた。


「……ものすごいやる気」
「「え?」」


 似たような表情で顔を向けてくる二人。もちろん種族は違うけど、あれにしか見えなくなってくる。

 ――散歩を楽しみに、愛嬌を振りまくワンコ。二匹。

 ごめん。ごめんなさい。ただ被検体が欲しかっただけなんです。
 とは言えなくなり、全てにおいて異議なしと答えておくことで、その場をなんとか誤魔化し切り抜けた。
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