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予算会議は大荒れ模様

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 フェルナンド様の執務室に行くと、彼は丁度予算の編成を見直している最中だった。

 ついこの間、第二課に予算案として提出したばかりの書類だってもう十分に吟味されて計上したものばかり。これ以上増やすことはあれど、削ることなど全くもってありえない。

 ツカツカと足早に机の前まで進み、他にも重ねられている書類の束が机の上から落ちない程度に机に拳を打ち付けた。


「フェルナンド様」
「ふぁ、ふぁい」


 フェルナンド様が椅子に座っている関係で、僅かに上から見下ろす私の顔を、フェルナンド様は上目遣いで見上げてくる。

 本性はイヌ科ではないというに、その頭にプルプルと震える耳が見えた気がした。けれど、今はそれにかかずらっている場合でもないから無視をさせていただこう。

 完全な年功序列制ならぬ実力主義制を敷くこの元老院で、課長と副官および副官代理の立ち位置がたまに逆転する課もこの第六課くらいだ。それは断言できる。


「一度受理されたはずの予算案がこうして全て却下されるなど、前代未聞です。すぐさま撤回を第二課長にお願いしに参りましょう」
「う、うーん。でも、確かにこの案でも削れるところはまだあると思うんだよね」
「ご自分の課長職手当とかおっしゃるんなら張っ倒しますよ」
「……ごめん」


 目を細めた私に、フェルナンド様は小さく項垂れてしまう。

 私がフェルナンド様へこうも強く言えるのは、私の方が長くこの課にいるおかげで予算組に慣れていること、弟どころか数十世代は離れている齢のせいで守り役の面もあること、それから何より。

 削ろうと言う課長職手当が、本来なら各課で組まれる予算からではなく、固定で支払われるものであるべき費用だから。固定ではなく、変動となる予算からになったのには調停三査が関わってくるのだが、訳の分からないことをしてくれたものだ。


 まったく。冗談じゃない。
 ただでさえ支払われる給与に対して彼の実務量が多すぎて見合っていないというのに、また自分への対価を減らすつもりか、この人は。


 頼りなさげに下がる眉は、彼が内包する優しさがにじみ出ている。


 ……言い方が悪かったか。
 いや、でもこうでも言っておかないと本気でやりかねないからな、この人は。


「とにかく、他の課ならまだしも、うちは無理です。むしろ担当にどこを削れると思っているのか問い詰めたいくらいですよ」
「うん。そうだよね。星鈴の思っていることは最もだと思うよ。でもね、こういう強気の書面で送ってきたってことは、向こうにも言い分があると思うんだ」
「言い分、ですか?」


 私が話を聞く姿勢を見せたせいか、フェルナンド様は背を正して身を乗り出してくる。


「たとえば……ほら、余所の課にはなるけど、第三課の訓練や演習、捕縛時に破壊してしまった建物等の修繕費。あれだって結構な金額でしょう? それを削って欲しいとか」
「あぁ、アレは削れますね。いえ、削るべきです。修繕に比例して出る怪我人の治療が少なくてすみますし、使う薬草も少なくてすみます」
「だよねぇ」


 実際問題、第三課の酷すぎる訓練メニューや捕縛時の加減を改めれば、うちが栽培している薬草の三分の一は貯蓄や外部の医者や薬師に下げ渡しもできる。足りなくなって追加購入の費用も減らせる。

 ……うちが予算足りないのって、大体が他の課が引き起こした何かに巻き込まれた結果じゃないか。


「「……」」


 手元の緊急予算会議の書類を一度見て、再度フェルナンド様に目を移す。それから、傍で大人しく私達の話の聞き役に徹しているナルにも。そして再び、フェルナンド様に向き直る。

 その表情からして、三人共、思っていることは同じだろう。


「……他の課の予算を削らせて、うちはなんとしても現状維持か、あわよくば増額をとりましょう」
「よし。じゃあ、二人も予算組手伝ってくれる? 増額できた場合と……減額しちゃった場合の」
「よ、弱気にならないでくださいっ! 大丈夫ですよ。僕達のは本当に必要な経費ですっ」
「そうですよ。むしろ心配するべきなのは……」


 顎に手を当て、ペロリと唇を舐め上げる。


「……第三課でしょう」


 フフ。フフフフフ。

 第三課を足掛かりに、他の課からも頂けるものは回収しなくては。
 いつもなら逆らえない方々だけど、こちらも死活問題。

 であればこそ。

 仕方ないよなぁ。


「し、星鈴が悪い顔してる。ナル、予算会議ついて来てくれないかな?」
「え!? 僕は駄目ですよ。会議は例外を除いて副官以上でないと出席できないんですから。その例外が星鈴様なんですから、そのさらに部下である僕なんかはとてもじゃないですけど」
「えー。僕に止められるかなぁ?」
「大丈夫ですよ。予算会議であれば、第一課の課長と副官のお二人も出席されるでしょう?」
「あっ、そっか! あのお二人がいれば星鈴が暴走しても手綱を握ってもらえるね。あー、良かった」
「頑張ってくださいね。応援してます!」
「うん、頑張るね! 僕だって、たまにはやれるってところを見せなきゃだもんね」
「はいっ!」


 いつの間にかナルがフェルナンド様の隣に移動していた。

 視界の端でそれを認めるけれど、二人仲良く内緒話という名の筒抜け話に興じているので放っておく。上司と部下が仲良きことは良いことだ。

 暴走と手綱という言葉が気にかかるけれど、導火線が短い自覚はあるのでそれもついでにスルーしよう。


 さてさて。

 今回の緊急予算会議。開催日は明後日。

 それまで情報収集諸々にいそしむとしましょうか。

 最後に笑わせてもらうのは、第六課うちのみよ。


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