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非常識なのはあちらかこちらか
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しおりを挟む「コトハ様、おはようございます」
「……おはようございます。あの、様付けはいいのよ」
「えっ!? とんでもない!」
そんなの無理だと言わんばかりに首を左右に振るのは、琴葉の世話役としてつけられたまだ年若い女官であるメリッサである。天然ものだというフワリとした髪を三つ編みにして眼鏡をかけている彼女は、見た目よりもずっと幼く見えてしまう。もし妹がいたならば、こういう子が良かったと思うくらい純情ないい子だ。
そんなメリッサの慌てっぷりに琴葉は苦笑いを返し、ベッドから立ち上がった。
本当はもっと早く起きていたけれど、この国のマナーというか、貴族のマナーというか、身分が高い人は使用人が起こしに来るまでベッドから起き上がってはいけないのだそうだ。もちろんそうなると朝早くから仕事がある貴人の使用人はさらに早く起きなければいけなくなる。
一度それを知らないままいつも通り早く目が覚め、身支度をしていた途中でメリッサが来た時の彼女の顔を思い出せば、ゆっくりベッドの背にもたれかかって簡単な本を読みながら待つのも有意義な時間の過ごし方だと琴葉は思うことにしている。それくらい悲壮な顔つきだったのだ。
「コトハ様はジン様達と同じ精霊様でいらっしゃいますから」
「あー……えぇっと」
この純粋な子に嘘をつくのは気がひけるが、この国での琴葉の立ち位置としてシアンに用意されたのは、ジン達同様‟シアンに召喚された精霊”だった。
この国は初代皇帝が精霊達と共に建国したらしく、各地で聖堂が建てられ、現在はそこにそれぞれ祀られているらしい。故に精霊はこの国にとって敬うべきものとされてきた。
琴葉もそれを聞いた瞬間、それはない、と言いたい気持ちに駆られた。けれど、現実問題、どこの誰だか分らぬ老婆を宮殿に留め置く理由としてこれ以上いい隠れ蓑は存在しないと、懇々と当の精霊であるサミュエル達に説得されれば納得するほかない。
毎日メリッサの畏敬の念溢れる眼差しに耐えきれず、何度も脳内で土下座して謝り倒しているところだ。
今日も今日とてメリッサはキラキラとした目で見てくるものだから、罪悪感にまみれて音をあげた琴葉が着替えに袖を急いで通し終え、そらした視線の先に、もう見慣れた人影がフッと三人分現れた。
「コトハ、おはようございます」
「おはようございます。ジンさん、ルスランさん、サミュエル君」
「おっはよー!」
「おはよう」
メリッサはバタバタと部屋の隅に寄り、頭を下げて四人の朝の挨拶が済むのを待っている。
部屋の中を見渡したジンが何か気に入らないことでもあったのか、形の良い細眉を顰めた。
「エヴラールにも、今日は貴女に用意された離宮の庭園に一緒に行くようにと伝えていたはずですが」
「あ、でも、今日は見に行くだけだから大丈夫ですよ」
「いえ。私達はシアン様から貴女の仕事が滞りなく進むために手助けするよう命じられているのです。それをこのように我を通すなど、シアン様の意に添わぬ背信行為でしかありません」
「そ、そこまで……」
ジンの怒りがこれ以上酷いものにならないようにと空気を読んだルスランがいち早く姿を消した。きっとこの場にいないエヴラールを探しに行ったのだろう。
一方で、サミュエルはそれを横眼で見て、フワァと大きな欠伸をしている。部屋の端に寄ってしまったメリッサにねぇねぇと声をかけに行く自由っぷりだ。
「朝食を食べ終えたら行けますか?」
「えぇ。大丈夫です。よろしくお願いします」
「いえ。……ようやくお出ましですか?」
冷ややかな視線を部屋の一角に向けたジンは、琴葉に対して発していた声音から何オクターブも下げて声をかけた。
琴葉もつられてそちらに目を向けると、先ほどと同様、二人分の姿が何もない宙から現れる。
「痛いだろ! この馬鹿力!」
「でも、エヴ、こうしないと、逃げる」
「逃げないよ! そもそも、なんでこの僕が逃げないといけないのさ!」
「ジンの呼び出し、無視した」
「そんなのシアン様の側にいることよりも大事なことじゃないだろ!?」
「エヴラール」
パタパタと部屋のカーテンが音を立て始める。あまり酷いことにはならないよう意識してはいるのだろうけれど、風の発生源がジンであることは間違いない。
「……な、なに?」
「なにではありません。貴方はまだ自分の我儘を通す気ですか?」
「我儘なんかじゃ……ないよ!」
「いいえ。我儘です。貴方はシアン様の側にありたいだけかもしれませんが、シアン様は私達に彼女を頼むとおっしゃったのです。この意味が分からないほど貴方は愚かなのですか?」
(あ、随分と直接的に言った……)
愚かと言われたのが悔しかったのか、それともシアンの言葉の意味を考え葛藤しているのか、エヴラールの表情はみるみるうちに歪んでいく。
面と向かって仲良くする気はない発言をされた琴葉も、さすがに可哀想に思えてきた。
「あの、そこまで無理強いしてまで手伝ってもらうようなことじゃないので……。せいぜい重い土とか肥料を運んでもらうとか、その程度だと思いますから」
「その程度だけのことではないのですよ」
怒り狂うジンになんとか怒りを鎮めてもらおうと、琴葉が二人の視線の間に入って言うと、ジンは首を静かに振った。
その意味を問うよりも先に、後ろからグイと腕が引かれる。
「エヴラール! 待ちなさい!」
ジンが慌てたように手を伸ばしてくるけれど、それよりも早く琴葉の体は腕を引いてきたエヴラールと共に宙に消えた。
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