上 下
7 / 7
非常識なのはあちらかこちらか

5

しおりを挟む


 エヴラールに連れてこられた先は庭園内の一角だった。


「ほら、連れてきてやったんだから、後は勝手に好きにしなよ」
「まぁ、ありがとうございます」


 ただ、そう突き放すような言い方をしても、再び姿を消すことはしない。
 先程のジンの言葉がよほど腹に据えかねたのだろう。お気に入りらしき芝生の上に勢いよく寝転んだ。

 そんなエヴラールはそっとしておくとして、琴葉は改めて周りを見渡した。


「すごく綺麗。さすが王宮の庭園ね」


 等間隔に植えられた花壇の花々は今が見頃とばかりに咲き誇っている。歩調はゆっくりめに、庭園の中を歩き回ってみることにした。

 しばらく目を楽しませていると、婆ちゃーんっと高く響く声がした。かと思えば、後ろからサミュエルが幼い子供のように抱き着いてきた。


「ここにいたのか。探し回ったんだぜ?」
「ごめんなさいね」
「いや、婆ちゃんはなんも悪くねぇよ。悪いのはあのひねくれ者だ!」
「まぁまぁ。ちゃんと見つかったんだし、また喧嘩するとジンさんに怒られるわよ?」
「うへぇー。それは嫌かも」


 舌を出してげんなりするサミュエル君に、琴葉も思わず噴き笑ってしまった。

 花壇の前に座り込んで二人でおしゃべりしながら少し待っていると、ジンとルスランも姿を現した。


「まったく。彼には困ったものです」
「ほんと、ほんとっ! シアン様が怒らないからってそれに甘えすぎっ!」
「ま、まぁ、結果オーライっていうことで、良いじゃありませんか」
「ケッカオーライ?」
「……あ、いや、なんでもないです。気にしないでください」


 言葉は通じているが、やはりことわざだったり熟語だったりの特殊な言葉の一部は伝わらない。琴葉はそれをすっかり忘れていて、ジンに不思議そうな顔をされてしまった。

 そこへ再びエヴラールを連れてルスランが姿を現した。ひっそりと静かにたたずむルスランがいつの間にか姿を消していたことにも気づいていなかった。

 暴れるエヴラールをルスランが後ろ手に抑えている。エヴラールはなんとか逃れようとしているが、そも叶わないと分かると、ジンの方をキッと睨みつけた。


「連れてきてやったんだから、文句ないだろ!?」
「文句がないと思っているのなら、それは大間違いです。彼女がやろうとしている薬草の栽培は、貴方とルスランの協力が必要不可欠なんですよ?」
「別に僕じゃなくても、水の精霊を呼び出せばいいだろ?」
「貴方、いつまでそうごねているつもりですか? シアン様が、私達に、彼女の手伝いをするように、仰ったのですよ?」
「……っ」


 わざと言葉を区切って、癇癪かんしゃくを起している子供に言い聞かせるように言い含めるジンの顔は、その元々の美貌も相まって冷たく映る。

 元々彼ら自身上級精霊だというから、シアンに使役されてはいても自由に生きてきたのだろう。そこにどこの誰だかも分からない存在がポッと出てきて、主人以外を手伝うように命じられるのは、彼らとしても面白くないと思っているだろうことは琴葉にも分かる。

 それに、琴葉にはなんだかエヴラールの気持ちが分かるような気がしたのだ。おこがましいかもしれないが。

 琴葉は立ち上がり、エヴラールの前まで行った。


「貴方には貴方のしたいことや役割があるものね。でも、たまにでいいの。シアン様へ言い訳できる程度に手伝ってくれると嬉しいわ」
「……はっ! それってシアン様に目をかけられてるって優越感からくる同情?」
「あら、そう聞こえた? 違うわ。強いて言うなら、私達、お互いに絶対に譲れないものがあるのよ。それで、これはその妥協点の相談? かしら」
「あんたの譲れないものと僕の譲れないもの、同じ価値があるかどうかなんて分からないよね?」
「そうね。知りたければ教えるけれど、でも、そうじゃないでしょう?」
「……」


 それからエヴラールは黙りこくってしまった。

 きっと天秤にかけているのだろう。彼だけの感情と、精霊としての責務を。

 琴葉もなりたくて努力してなった医師をやめろという者に反発した結果、今この場にいる。彼もシアンに仕える精霊であるという矜持がある以上、シアンの傍にいたいと思うのは無理からぬことだ。

 ただ、このままだとジンやサミュエル経由でシアンの耳に入り、彼は叱られてしまう。そうなると、彼のあくまで純粋に主人の傍にいたいという気持ちが傷つけられることになる。

 だから、琴葉はちょっとだけズルい手を使うことにした。


「それに、薬草をしっかり育てられれば、シアン様から褒めてもらえるかもしれないわよ?」
「……」


 子供騙しのような手だが、彼のように誰かを一途に思う者には効果覿面てきめんなことは間違いない。

 事実、眉をひそめていたエヴラールの表情が僅かに緩んだ。

 青い双眸そうぼうがじっと琴葉を見つめる。


「……ほんとに?」
「たぶんね。それは私よりも貴方の方がよく知っているんじゃないかしら? 貴方の方がずっとシアン様と一緒にいるんだもの。でも、ルスランさんもそう思うでしょう?」


 エヴラールの背後にいるルスランに琴葉が視線を投げかけると、ルスランは黙ってコクリと頷いた。

 それを見て、エヴラールは再び考え込み始めた。


「婆ちゃん、そいつのこと甘やかしすぎぃー」
「ふふふっ。そんなことないわ。……さて、お腹が空いてきちゃったわね。みんなで朝食を頂きましょう」
「あっ、じゃあ、ここに持ってきてさ。ピクニックみたいにして食べようぜ!?」
「えっ? すぐにできるのかしら? そういうのって、準備がいるでしょう?」
「大丈夫大丈夫! なんとかしてくれるって!」
「あっ、ちょっと、サミュエル君!?」


 サミュエルが琴葉の腕を掴み、瞬く間に姿を消した。きっとメリッサにお願いするべく部屋に戻ったのだろう。

 残ったのはジンとエヴラール、ルスランの三人。


「……僕達の主はシアン様のままだよね? アレに変わったりしないよね?」
「……何を世迷い事を。当然です。そんなことを考えていたんですか?」
「だって……だってさ」
「だってもなにもありません。さ、しゃんとしなさい。貴方がしっかりしないと水の精霊達は不安がります」
「……ん」


 泣きそうになって顔を俯かせるエヴラールに、ルスランが背後から手を伸ばす。そのまま優しく頭を撫でた。

 フゥっと呆れたように溜息をつくジンも、既にその瞳に怒りの色は宿していない。

 しばらくして、なんとか料理を詰め込んでもらったバスケットを持って、サミュエルと琴葉が戻ってきた。

 距離はとりつつも、その場に居続けるエヴラールに、琴葉は嬉しそうに笑うのだった。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

公爵令嬢のRe.START

鮨海
ファンタジー
絶大な権力を持ち社交界を牛耳ってきたアドネス公爵家。その一人娘であるフェリシア公爵令嬢は第二王子であるライオルと婚約を結んでいたが、あるとき異世界からの聖女の登場により、フェリシアの生活は一変してしまう。 自分より聖女を優先する家族に婚約者、フェリシアは聖女に嫉妬し傷つきながらも懸命にどうにかこの状況を打破しようとするが、あるとき王子の婚約破棄を聞き、フェリシアは公爵家を出ることを決意した。 捕まってしまわないようにするため、途中王城の宝物庫に入ったフェリシアは運命を変える出会いをする。 契約を交わしたフェリシアによる第二の人生が幕を開ける。 ※ファンタジーがメインの作品です

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

処理中です...