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かの肩書、王太子なり

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 ■□■□


 翌日、私は由貴が乗る馬車に同乗していた。

 他にもあのおっさんが所在なさげに私と由貴の向かいに座っている。


「フフフッ。やっぱり姉さんは僕のこと、一番に考えてくれてるんだ!」


 怖いくらい純粋……と信じたい気持ちをぶつけてくる由貴に私はあえて視線を逸らした。

 眩しい。眩しすぎて目と心が痛い。

 許せ、由貴。ここに来たのはリュミナリアに住まう魔王の命令だ。


「こんなところで出会えたのも姉さんが僕のことを考えててくれたからだよね!?」
「ソ、ソウデスネー」


 おっさんは知らぬ間に偉くなったらしい。

 なんでも、由貴と再会した日、私を城へ連れてきた褒美に由貴が自分の近衛にしたそうな。

 そんなに顔を引きつらせて会話するくらいなら辞退すればよかったのに……できれば、だけど。


 べったりと私の腕に自分の腕を絡ませてくる由貴は、視察という極秘公務での外出先ということで城で会った時よりはいくらか抑えられた装飾が施された身なりをしている。

 興奮しているせいか頬がほんのりと赤い。


「ねぇ、姉さん。僕ね、隣の国王にお願いして、姉さんをこっちに住まわせられないか交渉しようかって思ってるんだ。だってほら、姉さんだって僕が近くにいた方が安心でしょう? ほら、お前からも言ってやってよ」
「え!? お、俺、じゃなかった、私もですか!?」
「そう。姉さんってば、変なところで義理固いから。今日この国に来てるのだって、どうせあの堅物の宰相と腹に何か飼ってる神官長に良いように使われて来たに違いないんだよ? 僕の大事な姉さんがそんな奴等に顎で使われるなんて我慢できないもの」
「ですが、彼女にも立場というものもあるでしょう?」


 本来はそんなことないって言い返すべきなんだろうけど、由貴の言葉が的を射すぎていて何も言い返せん。

 私が義理固いかって言われると首を傾げるけど。

 少なくとも、ユアンに簡単に使える駒としてみなされているのは疑いようもない事実だ。


「じゃあ、隣国を攻め滅ぼす?」
「ダメに決まってるでしょ!」


 今日のご飯は肉か魚かどっちにする的なノリで聞いてきた由貴に一応釘を刺しといた。

 おっそろしい子に育ったもんだ。隣国の教育係の失態の責任は大きいと思う。

 ここにもジョシュアの反面教師がいたとは。異世界ってコワイ。


 そうこうしていると、目的の学園の門へ到着した。

 門番が馬車に近づいて来て、御者のおじさんに身分を示すものの提示を求めた。

 通常馬車には王家を示す紋が入っているものを使用するらしいんだけど、今回は由貴たっての願いで学園の一部にしか訪問することを伝えていない。

 どうやらその門番は一部には入らなかったらしく、御者が示した身分証に腰を抜かしかけた。


「ど、どうぞ!!」


 開かれた門を通り、中へ進んでいく。

 五分ほど経ったころ、ようやく学園の校舎の入口に到着した。


「さ、姉さま! 僕の手に掴まって!!」
「あ、ありがとう」


 うーん。本来は侍女役ってことでうまい所紛れ込ませてもらう予定だったんだけど。

 由貴にこの話を持って行った時点で侍女案は却下され、遠縁の姫ということになった。

 どっちにしろこの分じゃあ侍女っていう設定は上手くいっていなかったことは明白だ。

 どこの世界に自分の国の女王陛下自らに馬車から降りる時に手を差し伸べてもらえる侍女がいるっていうんだ。


 それにしても、姫って柄じゃないのは重々承知してる。

 まぁ、それでも背に腹は代えられない。ここにいる間だけだからと己の羞恥心に無理矢理蓋をした。

 というに、シンのやつ。


「……ふ、ふふっ。君のドレス姿、なかなか様になって……ふふっ」


 後でシメる。


「うんうん。やっぱり姉さんは僕の見立て通り赤か黒が似合うね」
「これ、ちょっと目立ちすぎなんじゃ」


 由貴が私に用意したのは赤いプリンセスラインのドレスに黒の華刺繍が施されているものだった。

 わざわざ王宮の魔術師に転移陣で送らせた特注品だそうな。

 艶やかなシルク製の布地のおかげで着心地はどうかと聞かれれば悪くない。


「それよりも、姉さん。ここで何かしたいことがあったんでしょう? 僕、何だって手伝うから! 何でも言って!!」
「あー。由貴の手を借りるのは気が引けるから。中に入れるようにしてくれただけで大丈夫」
「なんで!? 僕、あの子供よりも姉さんの助けになれるよ!? それとも……姉さんって本当は女の子が好きなんじゃなくって小さな男の子の方が好きなの?」
「じゃあ、由貴には街で噂になってる魔物についてそれとなく聞き回ってもらおうかなぁ!」
「うん!! 任せて! ほら、行くよ!!」
「あっ! 陛下っ!! お待ちください!!」


 急に全速力で走りだした由貴の後ろをおっさんが慌てて追いかけていく。


 由貴が言っていたあの子供っていうのは十中八九ジョシュアのことで間違いないだろう。

 彼……いや、彼女か? 疑うわけじゃないけれど、ジョシュアは将来魔王を倒す勇者であり、私の庇護下に入っている。

 余計ないざこざに巻き込むのは極力避けたい。


 にしても、由貴のやつ。私を変態か痴女にでもしたいのか。

 ジョシュアのことをどう聞いたらそんな思考になるんだか。

 私の立ち位置は保護者か、思い切って姉かだろうに。


「まぁ、とりあえず。街で聞いた魔物の件は二人に任せるとして。……バレてないとでも?」


 柱の影に隠れ、私達の話を先程から盗み聞きしていた何者か。

 学生服を着てはいるものの、纏う雰囲気は学生のものとは程遠く。

 目の前に現れた私を最大限警戒している。


「さて、まずはあなたのお名前から聞くとしますかね」


 逃げられないよう術をかけた男は顔を酷く強張らせ、一応の抵抗は見せた。

 あくまでも、一応は。

 抵抗が成功したとは言っていない。

 つまりは、そういうことだ。


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