上 下
51 / 65
隣国でのオタノシミ

16

しおりを挟む



「そういえばさ、サーヤは恋を知ってる?」
「鯉?」
「うん、なんとなく僕が予想してるものじゃなさそうだってことと、知らないってことは分かった」
「なんですか。鯉くらい知ってますよ。鯉こく美味しいですよ?」
「あーハイハイ。君にこの話題を振った僕がバカだった」
「……熱でもおありで?」
「熱? ないけど?」


 あのユアンが、どれほど自分が悪かろうが、決して自分を貶めず、白を黒、黒を白にする男が、己をバカだと蔑んだ。
 言った本人にしてみれば周囲が言うのと変わらない軽口のつもりでも、聞いた方は耳を疑うこと請け合い必須。

 家に帰ったらきちんと耳掃除をしよう。それから彼には疲れのとれる薬草を煎じてあげるべきだろうか。そういえば、自白剤を作るために少々無理をしていたのかもしれない。そうだ、そうあって欲しい。……でなければ天変地異の前触れかもしれないなんて発想がシャレにならない。

 ユアンは引きつった笑みを浮かべる私を可哀想なものを見る目で見てきた。


「何でそんなこと聞くのか気になるけど、まぁいいや。それでさ、ちょっと君、王太子の遊学先まで行ってきてくれない?」
「王太子の? ……それまた何で?」
「ふふふ。あのヘタレ、僕達が必死で仕事してる間に呑気に遊学先の令嬢と仲良く恋愛してるんだって」
「へ、ヘタレ……王太子も一応遊学先でなら多少の自由も許されるのでは?」
「お忍びで、それもバレないようにするなら、ね? 一応王太子として遊学してるわけだから、その一挙手一投足を国の代表として見られるんだよ。それに、今回のは完全にしでかしたことに対する罰的な意味での遊学なんだから、大いに反省してもらわないといけないのに、何を楽しもうとしてるんだか」


 な、なるほど。
 つまり、自分が働いてるのに、相手が楽しく過ごしてるのが面白くない、と。自分が働いてるのにって部分が重要だと思う。だって、たぶん自分も休暇を取っている間だったら完全に放置してたと思うしなぁ。

 しかもユアンさん。自国の王太子つかまえてヘタレって……。

 どことなく同情心を覚えると同時に、彼が起こしたというコトに俄然興味がわいてくる。誰に対する同情心か、なんてことは言うだけ野暮ってものだ。


「彼には存分に仕置きを受けてもらわなきゃね」
「……さすがにお世話になってる国の王太子にアレコレするのは」
「君に拒否権、あったことあった?」
「……ないです、ハイ」


 私が観念して白旗を上げると、ユアンは遠くから見るだけなら見るモノを魅了する笑みを浮かべた。あくまでも、見るだけ、なら。
 しかしてその実態は魔王にすら匹敵する邪悪さを持った人間版魔王の獲物を捕らえた時の笑みだ。この人が神官長だというのだからこの世界の神様は騙されていると思う。


「それでね? 君にやってもらいたいことなんだけど」
「あんまりひどい事は止めてくださいね?」
「何言ってるの、君、今までだって十分なことしでかしてきたでしょ」


 ちょっと待って、と声を大にして言いたい。
 私は別に無害な人達に無差別に襲いかかるようなことはしでかしていない。

 ……まぁ、由貴の国での宿屋水浸し事件は思うところがないわけではないけど。それは今はノーカンで。

 しかも相手は絶賛青春中のこの国で二番目に偉い人だ。
 権力に屈するわけじゃないけど、先程から王太子殿下に対しての同情具合が限界突破しそうで怖い。


「別に別れさせろっていうわけじゃないよ。さっき君が言ったとおり、多少の自由はあるからね。君には王太子の密会がバレそうになったらそれのもみ消しをして欲しいんだ」
「もみ消し、ですか?」
「そ。何かと他国でそういう噂を流されると後々面倒だからね」
「まぁ、確かにそうですね」


 主に結婚問題とか。別に他国から嫁取りは珍しくもなんともない。確か、この国の王妃様も他国の王女様だったはずだ。しかし、それは相手側の背景がクリーンだった場合。グレーな部分も許されない王族の婚姻であればユアンやシーヴァがピリピリとするのも頷ける。

 しかし、そうなると一つ疑問が残る。


「えっと、先程おっしゃってた仕置きには関わらない方向で大丈夫ですか?」
「あぁ、そっちは別口で適任者がいるから問題ないよ」
「適任者、ですか……」


 なんだろう? 嫌な予感がする。


「できたよー!」


 ジョシュアが私とユアンが座っているテーブルまで駆け寄ってきた。
 その顔は一仕事終わらせた達成感で輝いている。

 ……ジョシュアや、お前はそのまま素直に育つんだよ?
 まかり間違っても私達のように癖の強い人間をマネしちゃいけません。

 ジョシュアの代わりに料理を運んできてくれたリヒャルト達と一緒にその料理は美味しくいただきました。

 厨房の影からそっと見守る料理長の姿がまるで独り立ちする息子を見るように温かい。
 彼には今度礼として何か贈らねばなるまい。彼のおかげで私は今、ジョシュアの嬉しそうな顔を見ることができ、先程まで魔王サマとお話合いなんて背筋も凍る時間を過ごしていた私にとってなんとも幸福な時間を過ごすことができている。

 とりあえず、育毛剤でいいですか?


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜

黒木箱 末宝
ファンタジー
これは、はみ出し者の物語。 現代の地球のとある県のある市に、社会に適合できず、その力と才能を腐らせた男が居た。 彼の名は山城 大器(やましろ たいき)。 今年でニート四年目の、見てくれだけは立派な二七歳の男である。 そんな社会からはみ出た大器が、現代に突如出現した上位存在の侵略施設である迷宮回廊──ダンジョンで自身の存在意義を見出だし、荒ぶり、溺れて染まるまでの物語。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

拝啓、くそったれな神様へ

Happy
ファンタジー
名前もない下位神のミスによって死んでしまった主人公。責任を取るように上位神に言われ、下位神は主人公に自分の加護を与える。最初は下位神とはいえ神様の加護をもらえてウハウハしていた主人公だが、、、 あれ、何か思ってたのと違う…俺TUEEEEじゃない… しかも加護持続しすぎじゃない??加護っていつ消えんの?おい!下位神!出てこい!!加護を取り消せ!! 俺を解放しろ!!!これは主人公が様々な異世界へ渡り、多くの物語を記憶し、記録していく異世界物語。 

文官たちの試練の日

田尾風香
ファンタジー
今日は、国王の決めた"貴族の子息令嬢が何でも言いたいことを本音で言っていい日"である。そして、文官たちにとっては、体力勝負を強いられる試練の日でもある。文官たちが貴族の子息令嬢の話の場に立ち会って、思うこととは。 **基本的に、一話につき一つのエピソードです。最初から最後まで出るのは宰相のみ。全七話です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

処理中です...