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第7話 黒い塔
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黒い塔は四つの塔の内、王宮南西の方角にある塔である。監獄があるのは塔の先端の方で、塔はとても高く、窓から飛び降りることは死を意味する。何か縄のようなものがあれば、下まで伝っていけるのかもしれないが、外壁がツルツルでとっかかりが全くなく、さらには周囲の監視所から丸見えなので、すぐに駆けつけることが可能だ。窓枠もあるが、どちらかというと、自殺防止のためにあるようなものだった。
階下から監獄のある先端に行くにはいくつもの鍵のかかった扉を開けなければならず、そもそもその前に、塔の根元にある看守の待機場所を通り抜けなくてはいけない。看守は一日中交代で待機していて、常に目を光らせていた。
私はアンジェロ殿下の部屋にあるお酒の中でも、かなり高級そうなお酒を数本用意して、持ち出した。平民には飲むどころか、見ることもできないような代物だ。殿下の命を助けるためだからと、私はそうつぶやいて、数本取り出すと部屋から出た。
◇
すでに人気もなく、静かな夜だった。廊下には等間隔で灯りがともっている。物音が聞こえるたびに物陰に隠れたが、何事もなくやり過ごすことができた。やがて、騒ぎ声が聞こえてきた。看守のいる部屋に近づいてきたのだ。
私は思い切って声をかけた。
「やあ、いつもいつもお仕事ご苦労様」
部屋の中には、ノッポの男と背が低い小太りの男がいた。両方とも口の周りに髭を生やしていて、お酒も飲んでいないうちから赤ら顔だ。
二人は私の方を見て、顔を見合わせてびっくりしていた。
「で、殿下でねえか」
「ホントだホントだ。間違えねえ」
「で、殿下 なんで、こんな時間にこんなところに来たんだべ……でしょうか」
「そんなに、緊張することはないよ。怪我した後からなかなか部屋から出してもらえないので、すごく退屈しちゃったんだ。こんな時間に目が覚めたけど眠れないから、フラフラ歩いていたらここに来ちゃった」
「へ、そ、そうでございますか」
「こんな時間じゃ話し相手もいないし、そうだ。誰かとお酒を飲もうと思って、用意してきたんだけど、どうかな? お酒はいける方?」
「へ、そ、そりゃもちろん。な」
「おめえ、今仕事中だろ。やめろやめろ」
「大丈夫だよ。僕が用意したんだからね。何かあったら僕が責任を取るよ」
そう言ってから、お酒をテーブルの上に置いた。彼らはそのお酒に目が吸い寄せられている。
「こ、こりゃあ、もしかして」
「ど、ど、どうしよう」
「コップはどこだい。注いであげるよ」
「め、め、滅相もない。わしらで用意します。殿下はそこで座って待っててください」
そう言って、彼らはいそいそと宴会の準備を始めた。私は口をつけてお酒を飲んでいるふりをして、どんどんと彼らのコップにお酒を注いで行った。
「うめえ、こりゃうめえ」
「あっというまに、口の中で消えてなくなってしまう。こりゃあいくらでも飲める」
「遠慮しないで、どんどんやってください」
彼らは勝手にどんどん飲み始めた。もう止まらない様子だった。しばらく、彼らの様子を眺めていたら、だんだんと呂律が回らなくなり、フラフラとし始め、最後は二人まとめてテーブルに突っ伏して寝てしまった。
私は部屋の中を探り、鍵の束を探してみた。
ない。
鍵をかけている場所にあるはずの鍵がない。必死になって探してみたが、部屋の中にはない。
どうしよう。そう思ってあせっているとふと気がついた。
ノッポの方のズボンのポケットが膨らんで、鍵の束の一部がこぼれている。
よかった。あった。
私はノッポの方に近づくと、鍵の束をつかんだ。しかし、ちょうどその時。
「殿下、何をなさっているのです」
びっくりして振り向くと、そこにはシルバーノさんが灯りを背にして立っていた。
階下から監獄のある先端に行くにはいくつもの鍵のかかった扉を開けなければならず、そもそもその前に、塔の根元にある看守の待機場所を通り抜けなくてはいけない。看守は一日中交代で待機していて、常に目を光らせていた。
私はアンジェロ殿下の部屋にあるお酒の中でも、かなり高級そうなお酒を数本用意して、持ち出した。平民には飲むどころか、見ることもできないような代物だ。殿下の命を助けるためだからと、私はそうつぶやいて、数本取り出すと部屋から出た。
◇
すでに人気もなく、静かな夜だった。廊下には等間隔で灯りがともっている。物音が聞こえるたびに物陰に隠れたが、何事もなくやり過ごすことができた。やがて、騒ぎ声が聞こえてきた。看守のいる部屋に近づいてきたのだ。
私は思い切って声をかけた。
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部屋の中には、ノッポの男と背が低い小太りの男がいた。両方とも口の周りに髭を生やしていて、お酒も飲んでいないうちから赤ら顔だ。
二人は私の方を見て、顔を見合わせてびっくりしていた。
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「そんなに、緊張することはないよ。怪我した後からなかなか部屋から出してもらえないので、すごく退屈しちゃったんだ。こんな時間に目が覚めたけど眠れないから、フラフラ歩いていたらここに来ちゃった」
「へ、そ、そうでございますか」
「こんな時間じゃ話し相手もいないし、そうだ。誰かとお酒を飲もうと思って、用意してきたんだけど、どうかな? お酒はいける方?」
「へ、そ、そりゃもちろん。な」
「おめえ、今仕事中だろ。やめろやめろ」
「大丈夫だよ。僕が用意したんだからね。何かあったら僕が責任を取るよ」
そう言ってから、お酒をテーブルの上に置いた。彼らはそのお酒に目が吸い寄せられている。
「こ、こりゃあ、もしかして」
「ど、ど、どうしよう」
「コップはどこだい。注いであげるよ」
「め、め、滅相もない。わしらで用意します。殿下はそこで座って待っててください」
そう言って、彼らはいそいそと宴会の準備を始めた。私は口をつけてお酒を飲んでいるふりをして、どんどんと彼らのコップにお酒を注いで行った。
「うめえ、こりゃうめえ」
「あっというまに、口の中で消えてなくなってしまう。こりゃあいくらでも飲める」
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彼らは勝手にどんどん飲み始めた。もう止まらない様子だった。しばらく、彼らの様子を眺めていたら、だんだんと呂律が回らなくなり、フラフラとし始め、最後は二人まとめてテーブルに突っ伏して寝てしまった。
私は部屋の中を探り、鍵の束を探してみた。
ない。
鍵をかけている場所にあるはずの鍵がない。必死になって探してみたが、部屋の中にはない。
どうしよう。そう思ってあせっているとふと気がついた。
ノッポの方のズボンのポケットが膨らんで、鍵の束の一部がこぼれている。
よかった。あった。
私はノッポの方に近づくと、鍵の束をつかんだ。しかし、ちょうどその時。
「殿下、何をなさっているのです」
びっくりして振り向くと、そこにはシルバーノさんが灯りを背にして立っていた。
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