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第二章 レッドドラゴンの角

第16話 剣は人を選ぶ

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「ところで」
 ブルカイトは改めて僕に目を向けた。
「どうしてマルコスさんは僕に会いたがっているのかな?」

 僕はブルカイトの腰に携えている剣を見た。

 これが、名剣、オリハルコンの剣なのだろうか?

 緊張してくる。

 ランキング一位の冒険者相手に、剣を貸してほしいなんて簡単には口にできない。
 冒険者にとって、剣は命の次に大切なもの。
 ブルカイトだって、この名剣があるから今のランクで居続けられるのだろうから。

 でも、言わなくては。
 勇気を出して言うしかない。
 僕は、マチルダさんの禁術を解かなくてはいけないんだから。

「実は」
 僕の声は震えてしまっていた。
「ブルカイトさんが持っているオリハルコンの剣を貸してほしいんです」

「えっ? 何だって?」
 ブルカイトではなく、周りでその話を聞いていた他の冒険者が声をあげた。
「お前、正気か? オリハルコンの剣を貸せだなんて」

 隣の男も口を開く。
「バカなことを言っちゃいけないよ。オリハルコンの剣だぜ。兄ちゃんは、何にも分かっていないんだな」

「まあまあ皆さん、黙っていてくれないか」
 ブルカイトが冒険者たちを静止する。
「マルコスさんは余程のことがあって私にそんなことを頼んでいるんだと思うよ。ねえ、マルコスさん、どうしてオリハルコンの剣が必要なの? その事情、教えてもらえないかい?」

 ブルカイトって、予想以上に良い人だ。
 僕はてっきり即座に断られると思っていたのに。話を聞いてくれるんだ。
 ほんの少し気持ちが楽になった僕は、今までの経緯を包み隠さず話すことにした。
 大切な女性がいること。
 その女性が禁術のマヤカシをかけられてしまっていること。
 マヤカシを解くにはレッドドラゴンの角が必要で、その角を切り落とすためにオリハルコンの剣が要ること。

「よくわかったよ」
 最後まできっちりと話を聞いてくれたブルカイトが言った。
「でも、駄目なんだ」

 駄目か……。
 やっぱり貸してはくれないよな。

「貸してあげたいのはやまやまなんだけど、そう簡単に貸せる代物ではないんだ、この剣は」

「それはそうでしょう」
 僕ももちろん同意する。
「ブルカイトさんにとって大切な剣ですものね」

「ああ、もちろんこの剣は大切なものだが、そういう意味で貸せないんじゃないんだよ」

 そういう意味ではない?

「実は、この剣、人を選ぶんだ。今の所、私でなければ扱えない剣なんだ。例えば……」
 そう言ってブルカイトは腰の剣を抜いた。
「僕はこうして簡単に鞘から剣を抜くことができるけど、他の人ではこうはいかないんだ」

「ああ、その通りだ。この剣はブルカイトだから使えるんだ」
 周りで話を聞いている冒険者の一人も同調する。

「オリバー、この剣を抜いてみてよ」
 そう言って、ブルカイトは今話に入ってきた冒険者に自分の剣を鞘ごと渡した。

 名剣を簡単に人に渡した。
 僕はその行為に違和感を感じざるを得なかった。

 でも。

 オリハルコンの剣を受け取ったオリバーと呼ばれた剣士が、その柄を握りしめた。

「でやー」
 オリバーは声をあげて剣を引き抜こうとする。

 しかし。

 そうなのだ。

 オリハルコンの剣はびくともせず、鞘から抜き取ることができないのだ。

「ねっ、こういうことなんだよ」
 ブルカイトが僕に目を向ける。
「貸したくても貸せないんだ。私以外に使える人がいないんだから。なんならマルコスさんも試してみるかい? この剣を鞘からぬけるかどうか」

「はい」
 一応はそう返事をする。
 けれど、駄目なんだろうな。
 僕なんかが扱える剣じゃないんだもの。

 剣を受け取った僕は、柄を握りしめ剣を引き抜こうとした。
 特に力は入れていなかった。
 オリハルコンの剣は僕が両手を広げるようにして剣を引くと、鞘から簡単に抜けたのだった。

「な、なんだって!」
 周囲の冒険者たちが騒ぎ出した。
「この兄ちゃん、オリハルコンの剣を抜いたぞ!」

 なんか話が違うな。
 僕はそう思いながら、簡単に抜けた剣を見つめていた。

「そ、そんなことって」
 僕がオリハルコンの剣を鞘から抜くと、ブルカイトさんは目を丸くして僕と剣を見比べていた。
「私以外にこの剣を抜くことができる人がいたなんて」

「ど、どういうことだ?」
 周囲の冒険者達も驚きを隠せない。
「この剣はブルカイトだから扱える剣なはずだぜ。俺たち並の冒険者では持つことも許されない剣なのに……」

「そんな名剣を、あの兄ちゃん、簡単に抜いたぞ」

「ああ、いったい何者なんだ?」

「うん、すごいよ」
 じっと僕を見つめていたブルカイトさんが言う。
「こんな人、はじめてだ。マルコスさん、どうやらあなたもオリハルコンの剣を扱うことのできる選ばれし剣士の一人なんだね」

 僕が……。
 選ばれし剣士?
 いやいや、そんなはずは。
 なにしろ、僕のレベルは2しかないんだから。
 こんなこと恥ずかしくて口が裂けてもこの場では言えないけど。

「なにかの間違いじゃ……」
 剣を手にした僕は、とりあえずそう言った。
「僕なんかが扱える剣ではないはずです。これは何かの間違いです」

「そんなことないと思うよ。ちょっと外に出てみようよ」
 ブルカイトさんが席を立ちギルドの出口に向かった。
 剣を持った僕もその後ろに続く。
 そして、ギルドにいた他の冒険者たちもぞろぞろと付いてくる。

 どこに行くんだろう。
 無言で歩いていくブルカイトの後ろを僕を含めた多くの剣士がぞろぞろと歩く。
 やがてブルカイトはある物の前で足を止めた。
 彼の前には巨大な岩がそびえ立っていた。

「さあ、試しにこの岩を斬ってみてくれる?」
 振り向いたブルカイトは、僕に向かってそんなことを言ってきた。

 岩を斬るだって?
 そうなんだ、ブルカイトは知らないんだ。
 僕は頭の中でステイタスをオープンした。
───────────────
冒険者マルコス LV2
【攻撃力】 3
【魔力】  0
【体力】  5
【スキル】 レベル2
【スキルランク】 S
【スキル能力】
・体を輝かせる
・回避
【持ち物】
・アイテムボックス
・オリハルコンの剣
───────────────

 ほら、やっぱりだ。
 僕の攻撃力は3しかない。
 こんな微々たる攻撃力じゃ、いくら名剣を持っても岩など斬れるわけないじゃないか。

 うん?

 ちょっと待てよ?

 持ち物の項目が一つふえているぞ。
 どういうことだ? 持ち物にオリハルコンの剣が追加されている。
 これは僕の剣じゃないはず。
 この剣はブルカイトのものだ。
 持ち物の欄に出てくるなんて、これではまるで僕の持ち物みたいじゃないか。
 このままでは、僕は盗人になってしまうのでは?

 そんなことを考えているとブルカイトが急かした。

「さあ、マルコスさんが私の名剣を扱えるのか試したいんだ。この岩を斬ってみてくれる?」

 そんなこと言われても、斬れないのは百も承知なんだけど。
 なにしろ僕の攻撃力は3しかないんだから。

 みんなの前で弱い自分をさらけ出すのは恥ずかしいけど、もうこの状況なら恥をかくしかないのか。
 そう思いながら、僕は手にした剣を巨大な岩に向かって振ってみた。

 グウァッシャーン!

 すごい音がした。

 目の前の岩が、吹き飛ぶように砕け散ってしまった。
 僕とブルカイト、あとこの場にいたすべての冒険者たちが、ぼう然と砕かれた岩を見つめていたのだった。
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