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第52話 気がつけばここは

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 俺は闇の中をさまよっていた。
 けれど、急に白い光が目に入りはじめると、あたりがまぶしくなってきた。
 一度目を閉じ、あらためて開く。すると、俺の立つ場所には、美しい草花が一面に広がっていた。

 ああ、お花畑って、本当にあるんだ。
 だったら俺は、これからあの世に行くというわけか。

 そんなことを思っていると、どこからか声が聞こえてきた。
 はじめは小さな声で聞き取れなかったが、耳を済ますと次第にはっきり聞こえてきた。

「帰ってこい、帰ってくるんだ」

 誰の声かは、わからない。けれど、間違いなく俺を呼び戻す声が聞こえる。

 俺は草原の先に行こうとしていた足を止めた。
 そして、くるりと体を反転させると、もと来た道へと戻っていったのだった。

  ※ ※ ※

 頭がぼんやりしている。

 俺はベッドで横になっていた。

 目を開けて、天井を見た。

 LEDの蛍光灯が、半透明の丸いカバーの中から光を灯している。横を見ると、台の上に一台のテレビが置かれている。
 あれは、二年前に通販で買った32型の液晶テレビだ。テレビには黒く小さな箱のような物がつながっていた。ゲーム機だ。

 ベッドから起き上がった俺は、リモコンを持ち、テレビの電源を入れた。
 その時になってようやく気づいた。
 俺の手が、爪のとがった緑色ではなく、肌色をした人間のものになっている。
 もう俺は、ゴブリンではないというわけか。
 慌てて小さなテーブルに置いてあるスマホを手に取った。そしてカメラを起動させ、自撮りモードにした。
 そこには、見馴れた人間の顔が映っていた。

 タテカワリョウだ。
 俺は、人間、タテカワリョウに戻ったんだ。

 そう感慨に浸りながらテレビを見ると、ハッピーロードのスタート画面が映し出されていた。
 あの時俺は、ハッピーロードをやろうとゲーム機の電源を入れた。その後、気がつけばゲームの世界にいたのだ。

 ぼんやりとした記憶が次第に鮮明になってきた。

 そうだった。
 俺はミナエの葬式に行っていた。
 家に帰り、ゲームをしようとした瞬間に意識をなくしたのだ。

 ということは、俺はずっと夢を見ていたのか。

 いや、そんなはずはない。
 夢にしては鮮明すぎる。
 ローラ姫、アデレードさん、ミル。
 みんな間違いなく実在している、生きている人たちだった。

 ということは、俺はハッピーロードの世界に転生し、向こうで死んで、こちらの世界に戻ってきたということか。

 けれど、戻ってきたとしても、俺はこの世界でどうやって生きていけばいいのだ。

 仕事は首になり、恋人だったミナエも死んでしまった。
 この世界には、はっきり言って俺の居場所など、どこにもないのだ。

 そう思っている時だった。
 突然、俺のスマホから着信音が聞こえてきた。

 スマホ画面を見たとき、俺の呼吸は止まった。

 何度も液晶表示を見直した。

 そこに表示されていた文字は、「シライシミナエ」だったのだ。

 死んだミナエから、電話がかかってくるはずはない。だとすれば、ミナエのスマホを使って、誰かがかけてきているということか。
 そんなことをする可能性があるとすれば、普通に考えればミナエの家族しかいないだろう。
 けれど。
 そう、ミナエの家族は俺のことを恨んでいるはずだった。なにしろ、ミナエが事故に合うきっかけを作ったのは俺なのだから。
 そんな俺に、ミナエのスマホを使って電話などかけてくるのだろうか。

 いろいろなことが頭に浮かんできた。
 その間もスマホのコールは続いている。そしてコールは止まらない。
 俺は思い切って、応答のボタンを押してみた。

「はい」

「あ、リョウ、私」

 驚いた。
 聞き間違えるはずがない。
 スマホから聞こえてくる声、抑揚、息のつき方、すべてミナエのものだった。
 どう考えても、本人に違いなかった。

 俺はあまりのことに、返事をすることができない。

 スマホに耳を当て、じっと固まっていた。

「もしもし、あれ? ちゃんとつながってないのかな?」

 そんなミナエの困惑した声が聞こえてきたとき、俺はやっと返事をすることができた。

「もしもし」

「あ、リョウ。黙っているから心配したじゃない」

「……ミナエなの?」

「そうよ。どうしたの、わからなかった? そうそう、今からそっちに行くから」

「こっちに来る……」

「取り越し苦労かもしれないけど、リョウが気を落としてないか心配なの。大丈夫、また新しい仕事みつかるよ」

 このミナエのフレーズ、聞いたことがあった。

「リョウの好きな豆ごはん炊いてみたんで、一緒に食べようよ。今から持っていくから」

 豆ごはん……。
 もう間違いなかった。

「ミナエ、今日は何月何日?」

「12月1日だけど」

「令和5年12月1日?」

「そうだけど」

 時間が戻っているのか?

 俺はテレビ台の脇においている時計を見た。
 17時5分。

「ミナエ、頼む、今日は来ないでくれないか。今日一日、ミナエは家から一歩も出ずにいてほしいんだ」

「どうしたの? やっぱり今日のリョウは変だよ。豆ごはん、せっかく作ったので、今から持っていくから」

「ミナエ、来たらだめだ!」

 俺がスマホに向かって叫んでいる途中で、電話は切れてしまった。

 俺はあわてて電話をかけ直した。しかし、ミナエは出なかった。
 仕方がないのでメッセージを送る。けれど、こちらも既読にならなかった。

 もう間違いなかった。

 俺は今、ミナエが交通事故に遭う3時間前の世界に戻ってきたのだ。
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