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第4話 ミルの家

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 ローラ姫の馬車が通り過ぎ、前に進むと、姫を一目見ようと集まっていた人々は、散り散りバラバラになり、思い思いの方向へと歩きはじめた。
 メインストリートを歩く人たちの中に混ざり、俺もミルの手を取り、まっすぐに道を進んだ。
 首都ドートにある武器屋の場所はよく分かっている。
 ゲームで何度も訪れたことがある。
 そして、その近くにある、エルフィンという料理屋を探せばいいだけのことだ。

「ミル、どうだい? このあたりの風景に見覚えはないかい?」

「うん。知ってる」
 たまごのような光沢のあるほっぺたがゆるんでいる。
「ここをまっすぐ行けば、武器屋だよね」

「その通りだ。じゃあ、もうすぐ家にたどり着くぞ」
 そう言いながら、俺はミルの説明通りに、武器屋を右に曲がった。

「この先の家」
 ミルはそう言って、一軒の家を指さした。

 その家には看板がかけられてあり、たしかにエルフィンと書かれている。

 でも。

 俺は不思議に思うことがあった。

 たしか、ここは……。

 ゲームをやり込んでいる俺だから分かる。
 ハッピーロードでは、こんなところに店などないはずだ。
 ゲームでは、ここは何もない空き地だったはずなのだ。

 ゲームの世界とは微妙にズレているのだろうか?
 いや、ズレという問題ではないのかもしれない。
 ゲームでこの地を訪れるのは、まだ先の話だ。
 ということは、この先、ここは空き地になってしまう運命にあると考えたほうが正しいのでは。

「ママー、ただいまー」
 ミルが店の入口のドアを開け、大きな声を出した。

 次の瞬間、店の奥から、飛び出すように慌てて出てくる女性がいた。

「ミル! どこに行ってたの!」
 女性は、声を震わしながらミルのもとに走り寄る。
 そして、隣に立つ俺を見ると、細長な目を一度まばたきさせた。
「あなたは?」

「あ、怪しいものではありません」
 俺は、すぐにそう答えた。
 何しろ俺は、汚らしい革製の服を羽織った、薄汚れたゴブリンなのだから。
 こんなモンスターが、子供の横にいたら、驚くばかりではなく、恐怖で固まってしまってもおかしくないはずだ。

「怪我をしていた娘さんを送ってきただけですので」

「歩けなくなった私を治してくれて、ここまで送ってもらったの」
 ミルもすぐにそう話す。

 母親は口を半開きにしながら、じっと俺を見つめていた。

 子供は、無事に家まで送り届けた。
 もう俺の役目は終わりだ。
 母親を安心させるためにも、恐ろしい姿の俺はさっさとここから立ち去らなければ。
 そう思った俺は、「それでは」と言い、体を反転させようとした。

「ちょ、ちょっと待ってください」
 母親の頬がゆるんだ。
「あなたがミルを助けてくれたのですね」

「ええ、まあ……」

「ありがとうございます。この子が、何時間待っても帰ってきませんので、よほどのことがあったと思い、もう生きた心地がしませんでした」

「骨折して歩けなくなっていたところを、たまたま通りがかったのです」

「骨折ですか?」
 母親は、ミルの足元を見た。
 ミルはしっかりと二本の足で立っている。

「ゴブマールお兄さんが、魔法で足を治してくれたの」

「え? あなたは治癒魔法が使えるのですか?」

「ええ、まあ」

「あ、ありがとうございます。治癒魔法だなんて……、いったいどのようなお礼をすればいいのでしょうか?」

「お礼なんていりませんよ。そんなつもりで助けたのではありませんから」

「そんな……、治癒魔法で骨折を治すなんて、もし治療院でしたら、かなりの金額を払わなければなりません。せめて、何か少しでもお礼をさせていただけませんか」

 母親がそう申し出たとき、不意に思いもよらないことが起こった。
 グーと、俺の腹が鳴り出したのだ。
 ゴブリンの腹は、人間よりも大きな音で鳴るようだ。
 突然の事で、恥ずかしくなった俺は、顔が燃えるように熱くなってしまった。

「ゴブマールお兄さん、お腹がすいているのね」

「い、いや……」

 そう言った矢先、もう一度俺の腹がグーと鳴り出した。

「どうぞ、もしよろしければ、うちでご飯を食べていってください。この通り、お客の入らない寂れた料理屋で、美味しくないと思いますが、お腹の足しになるものは出せますので」

「それでは、お言葉にあまえて、頂いて帰ります」
 もう空腹という本能に逆らえなくなっていた俺は、照れ隠しに下を向きながらすぐにそう答えたのだった。

「ここに座って、待っていてください。何かお出ししますので」

 そう言うとミルの母親は、調理場へと向かった。

 縦長な窓から、明るい日光が差し込んでくる。
 木製のテーブルに丸い椅子が並び、その一つに俺は座った。
 お客は誰もおらず、店内には俺とミルがいるだけだ。

「ねえ、私のお母さん、きれいでしょ」
 突然ミルがそんなことを言い出した。

「そうだね」
 確かに、ミルの母親は魅力的な輝きを放つ女性だった。
 繊細そうな髪が肩にやわらかくかかり、ほっそりとした体つきに似合った、整った細面な顔を持っていた。

「今、独身なの」

「え?」

「お母さん、独身よ」

 ミルの言葉になんと答えたらいいのかわからない。
 どうして独身なのかは興味があったが、こちらから幼い子供に根掘り葉掘り聞くのも間違っているような気がして、話題を変えた。

「ミルちゃんも、お母さんに似てとてもきれいでかわいい女の子だね」

「ありがとう」
 ミルは俺の言葉に目を輝かせた。そしてこう続けた。
「ねえ、どうしてお母さんが独身なのか知りたくない?」

 結局、その話題に戻ってしまった。

「そうだね。でもそんな話は、会ったばかりの俺に話すことではないかもしれないよ」

「そうかな、でも、お兄さんには聞いてほしいと思ったの」

「なぜだい?」

「だって、すごい魔法使いだし、お母さんを救ってくれそうだから」

 そんな話をしている時、ミルの母親がすらりとした長い腕でトレーを持ち、俺たちの座るテーブルへとやってきた。

 救ってくれそう……。まだ幼いミルはそんな言葉を使っていた。
 ということは、この親子は、誰かに助けてもらわなければならない状況にいるのだろうか。
 俺は、ミルの母親の落ち着いた笑顔を眺めながらそう思ったのだった。
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