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第10章
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「天然水の利権も放棄したことだし、王室の財政が危なくなってきたら、最悪、王宮の敷地で乳牛でも飼うか。リュークはパン作りも習ってきたからな。パン屋を併設してもいい」
シリルの冗談に、ティーポットのお茶をカップに注いでいた侍従長は、その手を止め、大袈裟に天を仰いでみせた。
「陛下がおっしゃると、とてもご冗談には聞こえません。わたくしの日頃のお諫めのしかたがたりないのか、それとももし本心からのお言葉であるとするなら、それはすべて、教育係であるわたくしが至らなかった証拠。亡き先々代に、とてもお合わせする顔が……」
大仰に嘆くその姿を見て、シリルも満足げに口の端を上げる。日頃からこんな軽口の応酬を交わしているのだろう。互いに信を置いた主従の関係性が、垣間見えるようだった。
「ところでリューク、今夜は泊まっていくんだろ?」
唐突に話題を振られ、リュークは「え?」とシリルを顧みた。
「研究所には、いつに戻るんだ?」
「とくに決めてはいませんでしたけど、明日か明後日には、リズに挨拶に行こうと思っていました」
「そうか、なら明後日の午後にするか。夕方なら、俺も時間が空く」
「え? あの、あなたもって――」
ひとりで出向くつもりでいたリュークは、目を瞠った。
「当面、そうすることでリズとは話がついてる。ま、大人の事情ってやつだ。ベルンシュタイン、先方に予定を連絡しておいてくれ」
「かしこまりました」
恭しく一礼して、国王がもっとも信任を置く侍従長は辞去していった。
「今夜は、料理長も腕のふるい甲斐があるだろう」
カップに手を伸ばしながら、シリルは言った。
「俺ひとりだと、簡単に済ませられるものでいい、としか言わないからな」
だからたまに、料理長に活躍の機会を与えてやってくれと言う。さりげない言葉の中に、行き届いた配慮がこめられていた。
気兼ねなく往き来できるように。気を遣わず、ゆっくりくつろげるように。
ベルンシュタインが部屋に留まることなくふたりにしてくれたのも、そういった心遣いのあらわれであることは間違いなかった。
マティアスの牧場で搾られたミルクと生クリームを使って焼き上げられたケーキに、リュークは手を伸ばす。それは、新鮮でコクのある、優しい仕上がりになっていた。
「とても美味しいです」
ゆっくりと味わってから、リュークは率直な感想を口にした。
「美味しくて、とても懐かしい味がします」
「まだ3日しか経ってないんだけどな」
紅茶の風味を堪能しながら、シリルは笑った。
「けど、休みが取れたら、また行こう」
「はい、きっと」
「こういう約束も、おまえとだからできるんだよな」
しみじみとした口調でシリルは述懐する。その意味合いがよく理解できず、リュークはわずかに首をかしげた。
シリルの冗談に、ティーポットのお茶をカップに注いでいた侍従長は、その手を止め、大袈裟に天を仰いでみせた。
「陛下がおっしゃると、とてもご冗談には聞こえません。わたくしの日頃のお諫めのしかたがたりないのか、それとももし本心からのお言葉であるとするなら、それはすべて、教育係であるわたくしが至らなかった証拠。亡き先々代に、とてもお合わせする顔が……」
大仰に嘆くその姿を見て、シリルも満足げに口の端を上げる。日頃からこんな軽口の応酬を交わしているのだろう。互いに信を置いた主従の関係性が、垣間見えるようだった。
「ところでリューク、今夜は泊まっていくんだろ?」
唐突に話題を振られ、リュークは「え?」とシリルを顧みた。
「研究所には、いつに戻るんだ?」
「とくに決めてはいませんでしたけど、明日か明後日には、リズに挨拶に行こうと思っていました」
「そうか、なら明後日の午後にするか。夕方なら、俺も時間が空く」
「え? あの、あなたもって――」
ひとりで出向くつもりでいたリュークは、目を瞠った。
「当面、そうすることでリズとは話がついてる。ま、大人の事情ってやつだ。ベルンシュタイン、先方に予定を連絡しておいてくれ」
「かしこまりました」
恭しく一礼して、国王がもっとも信任を置く侍従長は辞去していった。
「今夜は、料理長も腕のふるい甲斐があるだろう」
カップに手を伸ばしながら、シリルは言った。
「俺ひとりだと、簡単に済ませられるものでいい、としか言わないからな」
だからたまに、料理長に活躍の機会を与えてやってくれと言う。さりげない言葉の中に、行き届いた配慮がこめられていた。
気兼ねなく往き来できるように。気を遣わず、ゆっくりくつろげるように。
ベルンシュタインが部屋に留まることなくふたりにしてくれたのも、そういった心遣いのあらわれであることは間違いなかった。
マティアスの牧場で搾られたミルクと生クリームを使って焼き上げられたケーキに、リュークは手を伸ばす。それは、新鮮でコクのある、優しい仕上がりになっていた。
「とても美味しいです」
ゆっくりと味わってから、リュークは率直な感想を口にした。
「美味しくて、とても懐かしい味がします」
「まだ3日しか経ってないんだけどな」
紅茶の風味を堪能しながら、シリルは笑った。
「けど、休みが取れたら、また行こう」
「はい、きっと」
「こういう約束も、おまえとだからできるんだよな」
しみじみとした口調でシリルは述懐する。その意味合いがよく理解できず、リュークはわずかに首をかしげた。
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