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第9章
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「旅行のあいだ中、あの子からときどき、どこに行ってどんなことをした、という楽しい出来事を報告するメッセージが届きました」
リズは楽しげな口調で言った。
「ホテルのスイートルームで花火鑑賞をしたとか、偶然遭遇したオクデラ大将のご家族と行動をともにして、その愛娘ちゃんとお友達になったとか。牧場では子牛の世話をした。牧場主のお母様にパン作りを教えてもらった。今日はケーキを焼いた。チーズ作りやアイス製造の工程を見せてもらった。従業員のみんなも交えてバーベキューパーティーをした。仕事の合間に、みんなで草野球をした。牛の出産に立ち会った。シリルと過ごす日々は、毎日がとても充実してすごく楽しい」
言いながら、数えるように1本ずつ指を折っていく。そして、目線を上げると正面からシリルを見た。
「まるでハネムーンみたいですわね」
ひやかすような目つきと口調に、シリルは苦笑を閃かせた。
「あいつに俺のことを名前で呼ぶよう、事前に助言したのは君だろう」
「あら、なんのことです?」
「生真面目なあいつの性格で、そこを気にしないわけがない。だがどういうわけか、再会して以降、あいつはなんの迷いもなく俺を名前で呼びつづけている。そうするよう、君が仕向けたことは想像に難くない」
断言されて、リズは事実であることをあっさり認めた。
「あなたにとって、あの子は唯一の『鍵』ですから。王位に即かれたあなたを名前で呼べるのは、あの子だけに許された特権です。それに、あの子があなたを『陛下』と呼ぶことを、あなたも決して喜ばれないでしょう?」
「俺は旧知の親しい間柄にある友人たちにも、昔どおり名前で呼んでもらってかまわないと思っている。丁寧すぎる言葉遣いもなにもかも、すべて取っ払って」
シリルが意味深に投げかける視線を受け止めて、リズは「それはもう無理です」と澄まして応じた。
「あなたはもうすでに、至尊の位に即かれているのですから。なにごとにもけじめと線引きは必要です。それに、どんな人間にも『特別』が許されてしまうのであれば、それはその時点で『特別』ではなくなってしまう。あなたを名前で呼べる特権は、あの子だけに許されるものでなければ」
『王』にとって唯一の存在にのみ与えられる特権。その特権を行使することで、リュークのこの国における立場が守られることになる。
リズの言わんとすることをただちに理解したシリルは、己の要望を引っこめることにした。
「大丈夫です。たとえ言葉遣いが変わり、呼びかたが変わったとしても、わたしのあなたに対する親愛の情までが変わるわけではありませんから」
「そうだな。その点については、俺も異論はない」
シリルは同意した。
「ところで、あいつの今後についてなんだが」
あらたまった口調で話を切り出されて、リズは居ずまいを正した。
「この先も研究所に籍を置いて、君の傍でいろいろ学んでいきたいそうだ」
「それはあの子の希望ですか? でも、それだとまた、あなたと離れた生活になるのでは……」
「べつにあいつが研究員であることを選んだとしても、それを理由に関係を断つ必要はないだろう」
「それはもちろん、そうですけれど……」
答えたリズは、指先をみずからの顎に当てた。
「あたしはてっきり、あの子はこのまま王宮に入るのだと思ってました」
「それじゃ完全に嫁入りだな」
シリルは笑った。だが、すぐに真顔になってそれはないと否定した。
リズは楽しげな口調で言った。
「ホテルのスイートルームで花火鑑賞をしたとか、偶然遭遇したオクデラ大将のご家族と行動をともにして、その愛娘ちゃんとお友達になったとか。牧場では子牛の世話をした。牧場主のお母様にパン作りを教えてもらった。今日はケーキを焼いた。チーズ作りやアイス製造の工程を見せてもらった。従業員のみんなも交えてバーベキューパーティーをした。仕事の合間に、みんなで草野球をした。牛の出産に立ち会った。シリルと過ごす日々は、毎日がとても充実してすごく楽しい」
言いながら、数えるように1本ずつ指を折っていく。そして、目線を上げると正面からシリルを見た。
「まるでハネムーンみたいですわね」
ひやかすような目つきと口調に、シリルは苦笑を閃かせた。
「あいつに俺のことを名前で呼ぶよう、事前に助言したのは君だろう」
「あら、なんのことです?」
「生真面目なあいつの性格で、そこを気にしないわけがない。だがどういうわけか、再会して以降、あいつはなんの迷いもなく俺を名前で呼びつづけている。そうするよう、君が仕向けたことは想像に難くない」
断言されて、リズは事実であることをあっさり認めた。
「あなたにとって、あの子は唯一の『鍵』ですから。王位に即かれたあなたを名前で呼べるのは、あの子だけに許された特権です。それに、あの子があなたを『陛下』と呼ぶことを、あなたも決して喜ばれないでしょう?」
「俺は旧知の親しい間柄にある友人たちにも、昔どおり名前で呼んでもらってかまわないと思っている。丁寧すぎる言葉遣いもなにもかも、すべて取っ払って」
シリルが意味深に投げかける視線を受け止めて、リズは「それはもう無理です」と澄まして応じた。
「あなたはもうすでに、至尊の位に即かれているのですから。なにごとにもけじめと線引きは必要です。それに、どんな人間にも『特別』が許されてしまうのであれば、それはその時点で『特別』ではなくなってしまう。あなたを名前で呼べる特権は、あの子だけに許されるものでなければ」
『王』にとって唯一の存在にのみ与えられる特権。その特権を行使することで、リュークのこの国における立場が守られることになる。
リズの言わんとすることをただちに理解したシリルは、己の要望を引っこめることにした。
「大丈夫です。たとえ言葉遣いが変わり、呼びかたが変わったとしても、わたしのあなたに対する親愛の情までが変わるわけではありませんから」
「そうだな。その点については、俺も異論はない」
シリルは同意した。
「ところで、あいつの今後についてなんだが」
あらたまった口調で話を切り出されて、リズは居ずまいを正した。
「この先も研究所に籍を置いて、君の傍でいろいろ学んでいきたいそうだ」
「それはあの子の希望ですか? でも、それだとまた、あなたと離れた生活になるのでは……」
「べつにあいつが研究員であることを選んだとしても、それを理由に関係を断つ必要はないだろう」
「それはもちろん、そうですけれど……」
答えたリズは、指先をみずからの顎に当てた。
「あたしはてっきり、あの子はこのまま王宮に入るのだと思ってました」
「それじゃ完全に嫁入りだな」
シリルは笑った。だが、すぐに真顔になってそれはないと否定した。
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