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第6章
第2話(4)
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牧場での日々はとても楽しい。毎日が新鮮で、マティアスやその両親、一緒に働く従業員たちも皆親切だった。大勢の人々に囲まれ、ともに過ごす時間は充実していた。だがそんなふうに楽しく過ごせるのは、シリルの存在もまた、つねに身近にあるからなのだと、いまさらながら思い知らされるようだった。
仮にシリルが王城に戻り、自分ひとりがこの場所に残されたとすれば、自分はふたたび、押し潰されそうな孤独の中に身を置くことになるのだろう。
王の『鍵』であることは、己の遺伝子保有者であるユリウス・グライナーによって課せられた、避けることのできない運命だった。だが、その役目を終えたいまも、自分の心は己のさだめた『王』その人に向いている。
自分の裡に眠っていた『心』の存在に気づき、手を差し伸べて育ててくれたシリルの影響力は、とてつもなく大きい。だが同時に、たしかにこのままでいてはならないのだと胸を衝かれる思いだった。
ただシリルと再会できれば、それで満足だと思っていた。そしていまも、ともにいられることで幸せを感じている。けれども、このままの状態で時間が止まることは決してない。その先に進むのであれば、シリルは必ず『休暇』を終え、己の戻るべき場所へと戻っていく。王としての責務を果たすために。そうなったとき、自分の居場所はどこに求めればいいのだろう。
考えたリュークの胸に浮かんだ答えは、ただひとつだった。
「私も戻ります」
小さく呟いたリュークは、あらためて顔を上げた。
「研究所に戻ってリズの手伝いをしながら、勉強をつづけていきます」
自分を見つめる黒瞳を見返しながら、リュークは自分自身にも言い聞かせるようにはっきりと明言した。
「私にはまだ、具体的に自分がなにをやりたいのか答えを出すことができません。知らないこと、経験していないこともたくさんあります。そういう未知の部分を少しずつ塗り替えていきながら経験を積んで、知識を増やして、自分になにができるのか、どんなことをしたいのか、きちんと考えてみたいです。自分の能力を活かせるのは、いまのところ研究所がいちばん相応しく、ユリウス・グライナー博士の研究についても、もっと詳細を知っていきたい。そう思っています」
きっぱりと己の意思を表明するリュークをまっすぐに見つめていたシリルは、やがてふっと肩の力を抜くと小さく笑んだ。
「そうか」
応えた声は、穏やかだった。
「ならばもうしばらく一緒に『休暇』を楽しんで、それからのんびり王都に帰るとしよう」
リュークは「はい」と同意した。
仮にシリルが王城に戻り、自分ひとりがこの場所に残されたとすれば、自分はふたたび、押し潰されそうな孤独の中に身を置くことになるのだろう。
王の『鍵』であることは、己の遺伝子保有者であるユリウス・グライナーによって課せられた、避けることのできない運命だった。だが、その役目を終えたいまも、自分の心は己のさだめた『王』その人に向いている。
自分の裡に眠っていた『心』の存在に気づき、手を差し伸べて育ててくれたシリルの影響力は、とてつもなく大きい。だが同時に、たしかにこのままでいてはならないのだと胸を衝かれる思いだった。
ただシリルと再会できれば、それで満足だと思っていた。そしていまも、ともにいられることで幸せを感じている。けれども、このままの状態で時間が止まることは決してない。その先に進むのであれば、シリルは必ず『休暇』を終え、己の戻るべき場所へと戻っていく。王としての責務を果たすために。そうなったとき、自分の居場所はどこに求めればいいのだろう。
考えたリュークの胸に浮かんだ答えは、ただひとつだった。
「私も戻ります」
小さく呟いたリュークは、あらためて顔を上げた。
「研究所に戻ってリズの手伝いをしながら、勉強をつづけていきます」
自分を見つめる黒瞳を見返しながら、リュークは自分自身にも言い聞かせるようにはっきりと明言した。
「私にはまだ、具体的に自分がなにをやりたいのか答えを出すことができません。知らないこと、経験していないこともたくさんあります。そういう未知の部分を少しずつ塗り替えていきながら経験を積んで、知識を増やして、自分になにができるのか、どんなことをしたいのか、きちんと考えてみたいです。自分の能力を活かせるのは、いまのところ研究所がいちばん相応しく、ユリウス・グライナー博士の研究についても、もっと詳細を知っていきたい。そう思っています」
きっぱりと己の意思を表明するリュークをまっすぐに見つめていたシリルは、やがてふっと肩の力を抜くと小さく笑んだ。
「そうか」
応えた声は、穏やかだった。
「ならばもうしばらく一緒に『休暇』を楽しんで、それからのんびり王都に帰るとしよう」
リュークは「はい」と同意した。
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