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第4章
第1話(1)
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夕方になってサンマルシェをあとにしたシリルは、街の中心から少しはずれた歓楽街まで移動した。
さまざまな飲食店が建ち並ぶ区画の中で、ひとつの店を選んで愛機を駐める。そのままリュークを伴い、店内に足を踏み入れた。
いかにも大衆向けの酒場といった風情の店構えで、まだ宵の口といった時間帯であるにもかかわらず、すでに半数近くの席が埋まっていた。
入り口でざっと店内を見渡したシリルは、すぐに奥に向かって進んでいく。
「だからオレは言ったんだ。あの人とオレは、互いの生命を預け合って苦境を乗り越えた戦友なんだ、ってな。そしたらあの女、鼻先で笑い飛ばしやがってよ」
「そりゃしょうがねえよ。どう見たって、おまえみたいな堅気とはほど遠いヤクザもんが、あんな雲の上の御方と知り合いだなんて言ったって、フイてるようにしか聞こえねえんだからよ」
「オレは嘘なんかひとつも言ってねえ。全部ほんとにあったことだ。まあ、いまとなっちゃ、自分でも夢見てたんじゃねえかって思うときもあるけどよ」
「おお、なんだ、いつになく弱気じゃねえか。いつも会うたんびに自慢しまくってる奴がよ」
「そうだそうだ。もう何百回聞かされたかわからねえ。耳にタコどころか、テメエにかわってオレが一言一句違わず、ソラで語れるぐれえだぜ」
「うるせぇ。どうせオメエらだって、話半分くらいにしか聞いてねえんだろ。あの人の本当の凄さは、間近に見たオレにしか絶対わからねえよ」
「いやいや、わかるさ。オレらだって、おまえがたったの一発でKOされちまったところを、この目で見てるからな」
「いやあ、あれはたしかにすごかった。長年付き合ってきて、百戦錬磨のおまえを、あんなに軽々伸せる奴がこの世にいるなんて思いもしなかったもんなあ」
「うるせぇ、クソッタレ! あんなのぁまだ序の口だ! だからスゲエってオレは何遍も言ってんだよっ!」
ひときわガラの悪い連中が、店の奥を陣取って賑やかに騒ぎ立てている。シリルは迷うことなくその集団に近づいていくと、背後から声をかけた。
「相変わらずだな。そんなだから女ひとり、まともに口説き落とせねえんだぞ?」
「なんだと、このヤロウッ」
突然割りこんできた非礼極まりない揶揄に、いちばん手前にいた男が椅子を蹴倒して立ち上がった。振り返りざま、男は勢いよく相手の胸倉に掴みかかろうとする。だがその直後、小さな両眼を限界まで見開いてその場に立ち尽くした。
「ひさしぶりだな、マティアス。元気そうで安心した」
「アッ、兄ィッ!!」
素っ頓狂な声を発した熊のような大男は、あわててみずからの口を両手で塞いだ。
「あ、いやその、こ、こここっ、国王陛下っ! なっ、なんだってこんなとこにっ」
「なんでもなにもねえよ。おまえに会いに来たんだろ」
「えっ、オレ、オレにっ!? け、けどそのっ、仕事、は……。えっと、その、公務?とかいうやつ? でしたっけ……?」
「ああ、暇を出された」
「……はっ!?」
「もともと裏社会で生きてきた、平民上がりの成り上がり者だからな。国王としての資質に欠けるって理由でクビになって追い出されたんだ」
「ごっ、ごっ、ご冗談をっ」
興奮のあまり真っ赤になっていたマティアスの顔が、シリルの話を聞くうちにみるみる蒼褪めていく。その変化を見届けたシリルは、ニヤリと口の端を上げた。
「冗談だ」
マティアスの口から、途端に太い息が長々と漏れた。
さまざまな飲食店が建ち並ぶ区画の中で、ひとつの店を選んで愛機を駐める。そのままリュークを伴い、店内に足を踏み入れた。
いかにも大衆向けの酒場といった風情の店構えで、まだ宵の口といった時間帯であるにもかかわらず、すでに半数近くの席が埋まっていた。
入り口でざっと店内を見渡したシリルは、すぐに奥に向かって進んでいく。
「だからオレは言ったんだ。あの人とオレは、互いの生命を預け合って苦境を乗り越えた戦友なんだ、ってな。そしたらあの女、鼻先で笑い飛ばしやがってよ」
「そりゃしょうがねえよ。どう見たって、おまえみたいな堅気とはほど遠いヤクザもんが、あんな雲の上の御方と知り合いだなんて言ったって、フイてるようにしか聞こえねえんだからよ」
「オレは嘘なんかひとつも言ってねえ。全部ほんとにあったことだ。まあ、いまとなっちゃ、自分でも夢見てたんじゃねえかって思うときもあるけどよ」
「おお、なんだ、いつになく弱気じゃねえか。いつも会うたんびに自慢しまくってる奴がよ」
「そうだそうだ。もう何百回聞かされたかわからねえ。耳にタコどころか、テメエにかわってオレが一言一句違わず、ソラで語れるぐれえだぜ」
「うるせぇ。どうせオメエらだって、話半分くらいにしか聞いてねえんだろ。あの人の本当の凄さは、間近に見たオレにしか絶対わからねえよ」
「いやいや、わかるさ。オレらだって、おまえがたったの一発でKOされちまったところを、この目で見てるからな」
「いやあ、あれはたしかにすごかった。長年付き合ってきて、百戦錬磨のおまえを、あんなに軽々伸せる奴がこの世にいるなんて思いもしなかったもんなあ」
「うるせぇ、クソッタレ! あんなのぁまだ序の口だ! だからスゲエってオレは何遍も言ってんだよっ!」
ひときわガラの悪い連中が、店の奥を陣取って賑やかに騒ぎ立てている。シリルは迷うことなくその集団に近づいていくと、背後から声をかけた。
「相変わらずだな。そんなだから女ひとり、まともに口説き落とせねえんだぞ?」
「なんだと、このヤロウッ」
突然割りこんできた非礼極まりない揶揄に、いちばん手前にいた男が椅子を蹴倒して立ち上がった。振り返りざま、男は勢いよく相手の胸倉に掴みかかろうとする。だがその直後、小さな両眼を限界まで見開いてその場に立ち尽くした。
「ひさしぶりだな、マティアス。元気そうで安心した」
「アッ、兄ィッ!!」
素っ頓狂な声を発した熊のような大男は、あわててみずからの口を両手で塞いだ。
「あ、いやその、こ、こここっ、国王陛下っ! なっ、なんだってこんなとこにっ」
「なんでもなにもねえよ。おまえに会いに来たんだろ」
「えっ、オレ、オレにっ!? け、けどそのっ、仕事、は……。えっと、その、公務?とかいうやつ? でしたっけ……?」
「ああ、暇を出された」
「……はっ!?」
「もともと裏社会で生きてきた、平民上がりの成り上がり者だからな。国王としての資質に欠けるって理由でクビになって追い出されたんだ」
「ごっ、ごっ、ご冗談をっ」
興奮のあまり真っ赤になっていたマティアスの顔が、シリルの話を聞くうちにみるみる蒼褪めていく。その変化を見届けたシリルは、ニヤリと口の端を上げた。
「冗談だ」
マティアスの口から、途端に太い息が長々と漏れた。
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