蜜月

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
19 / 61
第3章

第2話(3)

しおりを挟む
「おまえとこんなふうに、他愛ないやりとりができる日が来るなんてな」

 ふと漏らしたひと言に、リュークの表情が変わる。
「どうした?」
 変化に気づいて声をかけると、美貌のヒューマノイドは小さくかぶりを振って、自分もおなじ気持ちだと答えた。

「王位に即かれたあなたの5年分の軌跡をたどる中で、たくさんの映像も観てきました」

 そこには、過去の映像記録だけでなく、目醒めて以降の半年のあいだにニュースで取り上げられた、リアルタイムでの映像も含まれていたという。

「画面越しに観るあなたは、なんだか私の知っている人とは違うように感じられて、手の届かない場所にいる存在のような気がしました」

 立場が変わってしまったいま、もう会うことは叶わないのかもしれない。大きなへだたりに対して感じていた、孤独と淋しさとが伝わってくる。夜空に浮かび上がる、大輪の花火を見つめる瞳から流れ落ちた涙の意味が、そこにあった。

「リューク」

 シリルはしずかに呼びかけた。

「立場がどう変わろうとも、俺は俺だ」

 宝石のような輝きを放つ美しい眼差しが、正面からシリルをみつめる。

「公の場で、肩書に見合った役割を求められる場合は、多少脚色している部分もあるかもしれない。だがそれは、どこまでも必要に応じた役割を演じているだけにすぎない。いま、おまえの目の前にいる俺こそが本来の素のままの俺で、おまえが手を伸ばせば届く場所にいる」
 それでもまだ遠いか、と問われて、リュークはかぶりを振った。

「なにも不安に思うことはない。おまえはだれより、俺という人間をよく知っている。俺にとってのおまえが大事な存在であることも、この先ずっと変わらない。俺たちの関係は、そういう信頼のもとに成り立っている。それは、俺とおまえとで築き上げてきた絆だ」

 その絆を壊すことは、なにものにもできはしない。
 揺るぎない言葉が、離れていた日々への寂寥せきりょうをやわらげていく。
 リュークは、己の胸にそっと手を当てた。その内側にひろがるあたたかな想いが、己のうちにある心の在処ありかを示していた。そしてその心を育むことができたのは、自分に大きな影響をもたらした、唯一の存在によるものであることは間違いない。
 目の前の端整な貌立かおだちの男を見返して、美貌のヒューマノイドはあらためて思いを深くした。
 ――この人がいなければ、いまの自分は決して存在し得なかった、と。

「たとえ離れていたとしても、おまえが呼べば、俺はいつでもイーグルを飛ばして会いに行ってやる。昔交わした約束は、この先もずっと有効だ。だからおまえは、なにも心配しなくていい」

 口にしたことは決してたがえることはない。だれより、そう信じられる相手が、あえて言葉にしてもう一度約束してくれる。そのことにこのうえない嬉しさを感じながら、リュークは「はい」と頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

「ばらされたくなかったら結婚してくださいませんこと?」「おれの事が好きなのか!」「いえ全然」貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ令嬢に結婚させら

天知 カナイ
恋愛
【貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ、令嬢と結婚させられた結果】 「聞きましたわよ。ばらされたくなかったら私と結婚してくださいませんこと?」 美貌の公爵令息、アレスティードにとんでもない要求を突きつけてきた侯爵令嬢サイ―シャ。「おれの事が好きなのか?」「いえ、全然」 何が目的なんだ?と悩みながらも仕方なくサイ―シャと婚約したアレスティード。サイ―シャは全くアレスティードには興味がなさそうだ。だが彼女の行動を見ているうちに一つの答えが導かれていき、アレスティードはどんどんともやもやがたまっていく・・

竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ
BL
 大陸中央部にある『竜の国』ファーリズは、白と黒の双竜が王族を守護する国。元々RPGゲームの舞台であり、RPGのエンディングを迎えて数百年が経過して、スピンオフの乙女ゲームがこれから始まる国だ。  第二王子エリックは、一風変わった令嬢を見染めて白竜に願う。 「彼女を俺のヒロインとする。親友クレイには負けたくない」  彼女、伯爵令嬢は、異世界転生した友人からBLや異世界ノリを布教された腐女子。  親友、王甥は父王アーサーと玉座を争いし王妹ラーシャを父の忠臣に娶らせて生ませたエリックの臣下。 「ぼくときみの間は、飾らぬ仲であれかし」  仲が良かったはずの第二王子と王甥の関係が拗れていく。 「脇役の死亡予定キャラが死ぬのは、四季が巡るようなものだ」  神々の箱庭を守る白竜がエリックの兄である第一王子に死の運命を告げて、第一王子は国外逃亡し、第三王子が暗殺される。 「俺は乙女ゲームのヒーロー役がへたくそさ」  君のスパダリになりたい。スパダリとはなんなのか? まずそれがわからない!  カタログスペックチート級なのにメンタルよわよわ、『理想の王子を演じるペルソナ・勘違いされ系』第二王子エリック。 「僕の薄汚れた駒どもめ。僕は王家を裏切らぬ。そう魂に刻まれているのだ」  王妹の信奉者たちに『我らが殿下』と持て囃され「僕は王妹の子ではないかもしれぬ。それがバレずに死ねたら一番良い」と言いつつチェックメイトを回避したり反撃したりしてしまう『ラーシャの御子』王甥公爵令息クレイ。  主従かつ幼馴染の親友でもある二人の争いを主軸に、大陸史が紡がれる。  ノリがおかしな転生聖女、悪役令嬢を回避した令嬢、自称マスコットキャラの小動物。元勇者、正体を隠して平凡を装う腐男子歴史教師と友人魔術教師。公爵令息陣営に仲間扱いしてほしいのになかなか仲間に入れてもらえない伯爵公子。貧しい平民の子と天才兼問題児の妖精。『創造多神教(ゲーム制作スタッフ信仰)』。  これは、そんなキャラクターたちの物語。  ※ライトNLあり、ライトBLあり、友情主従その他のブロマンスもあり、シリアス要素もゆるゆる日常もあり、色々なキャラ視点に切り替わり紡がれる三人称視点の小説形式で、割となんでもありな作品となっています。ハッピーエンドです。  本編主軸となる仲良くギスギスする二人が揃うのは5章から、BL攻略が始まるのは6章から、メインBLカップルは(以下軽いネタバレ) 「主従、おにショタ・ショタおに、成り上がり下剋上立場逆転」、主側が女の子に片思い状態からのスタート、従者側が従者志望の主従未満→主従ごっこ→従者志望側が成り上がり正体隠して立場逆転→友人認定→家族ごっこ→恋人、と年齢を重ねつつ関係性を育む気の長い展開となっています。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

処理中です...