蜜月

西崎 仁

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第3章

第2話(1)

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 ミスリルの巨大市場、サンマルシェに足を運んで小1時間。
 メインストリートの一角に設けられている休憩スペースに腰を下ろしたリュークは、小さく息をついた。
 とりたてて買うものがあるわけでなく、たんに出店しているさまざまな店の様子や扱っている商品などを眺めて歩いただけなのだが、リュークはその間、起こりうる『万一』に備えて、かなり緊張して身構えていたらしい。

「だからはじめに気負わなくていいと言ったのに」

 そんな連れ合いの様子を見て、シリルは笑った。
 平日の午後、夕方前の半端な時間帯ということもあって、それなりに賑わってはいるものの、混雑しているというほどでもない。長身で端整なルックスの男と息を呑むほどの麗人の組み合わせに、時折振り返る人間もチラホラいたが、とりたてて騒ぎになることはなにもなかった。リュークが終始、全身の毛を逆立てた仔猫のようだったせいかもしれないと、シリルは内心で苦笑した。

「ちゃんと買えたか?」

 美貌のヒューマノイドがテーブルに置いたトレイを示して、シリルは尋ねた。近くのカフェで、購入してきた飲み物だった。

「買えました。最近は、ほんの少しですがお給料もいただいているので、研究所の外で食事をしたり、買い物をしたりすることもあるんです」

 言いながら、シリルのまえにコーヒーのカップを差し出す。自分はレモネードにしてみたと、訊かれるまえに答えた。

「そうか。研究所での毎日はどうだ?」
「楽しいです。周りの人たちも皆、とてもよくしてくれます」
「普段は、どんなことをしてる?」
「最初のころは、不調や不具合もそれなりにあったので、さまざまな検査と治療を受けていました。でもその時間も少しずつ減っていって、途中からリズや、ほかの方々の研究のお手伝いをさせていただくようになりました。それから自分でもいろいろ勉強をして、わからないことがあれば、その都度だれかに教えていただいたりもして」
「休みの日は、なにをしてた?」
「リズやほかの職員の方に誘われて、食事に行ったり買い物をしたり。クリスマスには、ホームパーティーに招かれたこともありました」
「充実してたんだな」
「はい。それからひとりで過ごすときには、やはり勉強をすることが多かったです。本を読んだり、一般常識やマナーなどについて学んでみたり。最近は、ユリウス・グライナー博士の研究についても、少しずつですが文献を読みはじめたところです」
「そうか」
「それから……」

 言いさした直後に、クリスタル・ブルーの双眸がじっとシリルを見つめた。

「それから、あなたの情報も、ずっと追いかけていました」

 シリルはその言葉に、片眉を上げてみせた。

「有益な情報は得られたか?」
「私が知らない時間を、どんなふうに過ごしてこられたのか、いろいろ知ることができました」
「情報収集にも、随分骨が折れただろう。なんせこのとおり、話題性には事欠かない人気者だからな」

 意味深な含みを持たせてニヤリと笑う。そんな仕種しぐさすら、さまになっていた。
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