蜜月

西崎 仁

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第3章

第1話(2)

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「ともあれ、予定の時間まではまだ間がある。来たついでに、市場も覗いてみるか?」

 シリルの提案にリュークは頷きかけ、しかしすぐに躊躇ためらう様子を見せた。

「どうした、気が進まないか?」
「あ、いえ。行ってみたいです。でも人混みに入ると、不必要に注目されてしまうのではないかと……」

 自分のことではなく、シリルの正体がバレて、騒ぎになることを懸念しているようだった。シリルは思わずといった具合に失笑した。

「国民全員に面が割れてるというのも、不便なものだな。もともと大手を振っておもてを歩けるようなことはしてこなかったが、ここまでくると、国中に知れわたってる指名手配犯のほうがまだマシに思えてくる」
「すみません、決してそんなつもりでは……」
 ひどく申し訳なさそうに謝る美貌のヒューマノイドに、シリルは気にするなと応じた。

「大丈夫だ。バベル・リゾートでも、どうということはなかっただろう? ただすれ違うだけの相手なんて、意外とみんな、意識して見てることはない。仮に目に留まったとしても、今度は逆に、こんな場所にいるわけはないというバイアスがかかる。実物と対面したことがなければ、なおさらだろう」

 実際、バベル・リゾートでも、それなりの人数が驚いたようにシリルを振り返って見ていた。しかしシリルは、いずれも過剰に反応することなく平然とやり過ごしていた。
 護衛の姿はどこにも見当たらず、連れているのがリュークひとりで、これがまた目を疑うほど並外れた美貌の持ち主ときている。シリルと並ぶと、どう見ても目を引きすぎる組み合わせで、結局皆、自分がすれ違ったのが国王その人であるはずがないという結論に達するらしかった。

「でも、お店の人と直接やりとりをすることがあれば、さすがに気づかれてしまうのではないでしょうか」

 市場で店をひやかすとなると、ただすれ違うだけでは済まない。5年前に市場を訪れた際、外の世界を知らないリュークのために、シリルはさまざまな店をまわって店員とやりとりし、商品の情報や買い物のしかたをそれとなく示してみせた。そのときのことを、鮮明に記憶しているのだろう。
 リュークの心配の理由を理解して、シリルは納得した。

「だったら、いざというときには、おまえに全部任せるよ」
「私に、ですか?」
「俺はあまりまえに出ないようにする。必要なときは、おまえが店の人間と対応してくれ」

 交渉ごとはすべて任せると言われて、リュークは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに意を決したように了承した。

「わかりました。あなたに注意が向かないよう、必要なやりとりは、すべて私がいたします」
 ひどく力の入った受け答えに、シリルは傍らの相棒をチラリと横目に見やって苦笑を閃かせた。

「あんま気負わなくていいぞ。人目を引くのは、むしろおまえのほうだからな」
「え?」
「ただ通りすがるには、おまえは美人すぎるんだよ」

 しばしキョトンとした美貌のヒューマノイドは、しかし次の瞬間、一気に頬を赤らめた。
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