蜜月

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
5 / 61
第1章

(5)

しおりを挟む
「考えたら俺は、自分の立場を利用して、はじめからずっとやりたい放題やってる」

 シリルは呟いて、低く喉を鳴らした。

「天然水の利権放棄の問題だけでなく、多忙を理由に宮廷内の面倒な決まりごとや慣例を片っ端から排除して、簡略化してきたからな。格式や伝統を重んじて大切に守ってきた連中からすれば、到底許しがたく、耐えがたいことだっただろう」
「あなたは充分すぎるほどご自身の責任を果たされた。ベルンシュタイン侍従長は、そのように評価しておいででした」
「俺が好き勝手できたのは、あいつのおかげだな。あいつが全面的に俺の味方になって、フォローしてくれた。だからこそ俺は、自由にやってくることができた」

 細かなことに目が行き届く侍従長は、王宮の決まりごとに関する知識を持たないシリルをつねに補佐し、取り組むべき案件に専念できるよう、居心地のいい環境を整えてくれていた。穏やかな老人が見せる控えめで慎ましやかな厚意と忠誠が、とてもありがたかった。

「俺は自分の意に添わない境遇を、無理やり押しつけられたとは思ってない。決めたのは俺自身で、自分のしたことにも充分納得してる」

 はじめから『鍵』としての役目を強いられ、その目的のためだけに生み出された存在であるリュークとはわけが違う。だからこそ、そのしがらみがなくなったいま、リュークには自分の望む人生を存分に生きてほしいと願わずにはいられなかった。そのためにしてやれることがあるなら、いくらでも手を貸すつもりだった。

「ところでおまえ、独りで寝られるようになったか?」

 唐突な話題転換に、クリスタル・ブルーの瞳が不思議そうに瞬く。それでも素直に頷いた。

「怖い夢に悩まされることはなくなったか?」
「はい」
「そうか、ならよかった。話なら、この先いくらでもできる。花火も終わったことだし、長旅で疲れただろう。つづきはまた明日だ。そろそろ休むとしよう。先に横になってろ」
「あなたは?」

 問われて、シリルは笑った。

「部屋着に着替えてくる。風呂上がりに、そのままおまえに引っ張ってこられたからな」

 軽く両手をひろげてバスローブ姿を強調してみせると、「あ……」と呟いたリュークはたちまち頬を紅潮させた。

「すみません。ちょうど打ち上げがはじまる時間だったので」
「ずっと楽しみにしてたからな。気にするな」
 言って、シリルはドレッシングルームに向かおうとする。その袖口を、遠慮がちに引かれた。

「あの……」

 振り返ったシリルを見て、美貌のヒューマノイドは口籠もった。

「なんだ? ベッドなら好きなほうを選んでいいぞ。窓際でも壁際でも、寝やすいほうを使え」

 言われて、ますます所在なげに言いよどむ。そんな様子をしばし眺めやったシリルは、やがてその頭に軽く手を置いた。

「先にベッドに入ってろ。すぐに行く」

 言われたことに驚いたように、伏せられていた目線が上がる。シリルの表情から言葉の意味を理解したリュークの口許に、たちまち嬉しそうな笑みが浮かんだ。

「明日は好きなだけ付き合うから、どこをまわりたいか考えておけよ」
「はい」

 明るく応えるその様子に、シリルは目もとをなごませた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

「ばらされたくなかったら結婚してくださいませんこと?」「おれの事が好きなのか!」「いえ全然」貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ令嬢に結婚させら

天知 カナイ
恋愛
【貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ、令嬢と結婚させられた結果】 「聞きましたわよ。ばらされたくなかったら私と結婚してくださいませんこと?」 美貌の公爵令息、アレスティードにとんでもない要求を突きつけてきた侯爵令嬢サイ―シャ。「おれの事が好きなのか?」「いえ、全然」 何が目的なんだ?と悩みながらも仕方なくサイ―シャと婚約したアレスティード。サイ―シャは全くアレスティードには興味がなさそうだ。だが彼女の行動を見ているうちに一つの答えが導かれていき、アレスティードはどんどんともやもやがたまっていく・・

竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ
BL
 大陸中央部にある『竜の国』ファーリズは、白と黒の双竜が王族を守護する国。元々RPGゲームの舞台であり、RPGのエンディングを迎えて数百年が経過して、スピンオフの乙女ゲームがこれから始まる国だ。  第二王子エリックは、一風変わった令嬢を見染めて白竜に願う。 「彼女を俺のヒロインとする。親友クレイには負けたくない」  彼女、伯爵令嬢は、異世界転生した友人からBLや異世界ノリを布教された腐女子。  親友、王甥は父王アーサーと玉座を争いし王妹ラーシャを父の忠臣に娶らせて生ませたエリックの臣下。 「ぼくときみの間は、飾らぬ仲であれかし」  仲が良かったはずの第二王子と王甥の関係が拗れていく。 「脇役の死亡予定キャラが死ぬのは、四季が巡るようなものだ」  神々の箱庭を守る白竜がエリックの兄である第一王子に死の運命を告げて、第一王子は国外逃亡し、第三王子が暗殺される。 「俺は乙女ゲームのヒーロー役がへたくそさ」  君のスパダリになりたい。スパダリとはなんなのか? まずそれがわからない!  カタログスペックチート級なのにメンタルよわよわ、『理想の王子を演じるペルソナ・勘違いされ系』第二王子エリック。 「僕の薄汚れた駒どもめ。僕は王家を裏切らぬ。そう魂に刻まれているのだ」  王妹の信奉者たちに『我らが殿下』と持て囃され「僕は王妹の子ではないかもしれぬ。それがバレずに死ねたら一番良い」と言いつつチェックメイトを回避したり反撃したりしてしまう『ラーシャの御子』王甥公爵令息クレイ。  主従かつ幼馴染の親友でもある二人の争いを主軸に、大陸史が紡がれる。  ノリがおかしな転生聖女、悪役令嬢を回避した令嬢、自称マスコットキャラの小動物。元勇者、正体を隠して平凡を装う腐男子歴史教師と友人魔術教師。公爵令息陣営に仲間扱いしてほしいのになかなか仲間に入れてもらえない伯爵公子。貧しい平民の子と天才兼問題児の妖精。『創造多神教(ゲーム制作スタッフ信仰)』。  これは、そんなキャラクターたちの物語。  ※ライトNLあり、ライトBLあり、友情主従その他のブロマンスもあり、シリアス要素もゆるゆる日常もあり、色々なキャラ視点に切り替わり紡がれる三人称視点の小説形式で、割となんでもありな作品となっています。ハッピーエンドです。  本編主軸となる仲良くギスギスする二人が揃うのは5章から、BL攻略が始まるのは6章から、メインBLカップルは(以下軽いネタバレ) 「主従、おにショタ・ショタおに、成り上がり下剋上立場逆転」、主側が女の子に片思い状態からのスタート、従者側が従者志望の主従未満→主従ごっこ→従者志望側が成り上がり正体隠して立場逆転→友人認定→家族ごっこ→恋人、と年齢を重ねつつ関係性を育む気の長い展開となっています。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

処理中です...