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第1章
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「嫌じゃ、ない……?」
「なんだ? 嫌々やってたように見えたか?」
逆に訊かれて、生真面目なヒューマノイドは困惑の表情を浮かべた。
「いいえ、そんなことは……。でもきっと、私の不安を取り除くための手段として、いちばん落ち着かせられる方法をとられたのではないかと」
「まあ、それはたしかに間違ってないな」
シリルはあっさりと認めた。
「出会ったころのおまえは、自分が不安やストレスを感じていることにさえ気づいていないようなところもあったからな。だが、たとえ自覚がなくとも、突如放り出された外の世界に不安と緊張をおぼえて、追われることへの恐怖を抱いていたことに変わりはない。だから俺は、少なくとも俺が傍にいるかぎり、おまえが安心して気を抜ける状況を作ってやりたいと思った」
「はじめて天幕の中で眠ることになったときのことは、いまでもはっきり憶えています。心臓の音でも聞いておけ、と」
リュークの言葉に、シリルは低く笑った。
「あれが最初だったからな。俺も普段は同性異性問わず、スキンシップはどちらかといえば希薄なほうなんだが、いつのまにか慣らされて、感覚が麻痺してた」
「そういうもの、ですか?」
「そういうもの、みたいだな。おまえが相手だと、どういうわけか抵抗がない」
ごく軽い調子で言われ、美貌のヒューマノイドはホッとしたように肩の力を抜いた。その様子を見守りながら、シリルは黄金の頭髪を、小さな子供にするようにくしゃりと掻き混ぜた。
「おまえさ、もっと我儘になっていいんだぞ」
「……え?」
「もともと他人に気を遣う性分なのかもしれないが、俺に対してぐらい、肩肘張らずにもっと楽にしてろ」
濁りのないクリスタル・ブルーの双眸が、じっとシリルを見つめる。それから、ゆっくりと表情をやわらげていった。
「私はもうすでに、充分我儘です」
「こんなに聞きわけがよくて、相手を思いやってばかりなのにか?」
「そうです。国の象徴である唯一の方を、こうして独り占めして、希望を叶えていただいているのですから」
「こんなのは、希望を叶えたうちにも入らない。むしろ、俺がおまえに付き合ってもらってるようなもんだ。こういう口実でもなかったら、俺ひとりでなんて、休暇を取ることもなかっただろうしな」
それに、とシリルは付け加えた。
「国の象徴であるのは、あくまで公的立場で役割を果たす場合の話で、それ以外の俺は、肩書がどうであろうと変わらず昔のままだ。裏社会で好き勝手して生きてきた、ならず者の運び屋」
「ならず者だなんて」
「実際、そうだったんだよ。公にはできないことも随分してきた。おかげで登極してからの評判はさんざんだったし、王室府筆頭に、いろいろ取り繕うのに苦労しただろうな」
尻ぬぐいさせられるほうは堪ったもんじゃなかっただろう。
低く笑ったシリルは、やりたい放題やってきたツケが、こんなかたちでまわってくるとは思わなかったと肩を竦めた。だが、白皙の美貌には昏い翳が差した。
「……あなたから自由を奪ってしまったのは、私なのですね」
「リューク」
「私があなたを選び、『鍵』としての役割をまっとうしてしまったせいで、あなたは望んでもいない王としての務めを果たさなければならなくなった」
「リューク、そんなふうに考える必要はない。だれがどうということじゃなく、これはあらかじめ、さだめられてたことだったんだ」
「でも――」
言い募ろうとしたリュークを、シリルは制した。
「おまえが『鍵』の役目を果たさなかったとしても、俺の中に流れてる血を変えることはできない。時期が来れば、いずれはこうなることは決まってたんだ。だれにも、変えることはできなかった」
言い諭すように紡がれる言葉がそれでも心に痛い。リュークの表情がそう物語る。シリルはそれを受け止めて、穏やかに笑んだ。
「なんだ? 嫌々やってたように見えたか?」
逆に訊かれて、生真面目なヒューマノイドは困惑の表情を浮かべた。
「いいえ、そんなことは……。でもきっと、私の不安を取り除くための手段として、いちばん落ち着かせられる方法をとられたのではないかと」
「まあ、それはたしかに間違ってないな」
シリルはあっさりと認めた。
「出会ったころのおまえは、自分が不安やストレスを感じていることにさえ気づいていないようなところもあったからな。だが、たとえ自覚がなくとも、突如放り出された外の世界に不安と緊張をおぼえて、追われることへの恐怖を抱いていたことに変わりはない。だから俺は、少なくとも俺が傍にいるかぎり、おまえが安心して気を抜ける状況を作ってやりたいと思った」
「はじめて天幕の中で眠ることになったときのことは、いまでもはっきり憶えています。心臓の音でも聞いておけ、と」
リュークの言葉に、シリルは低く笑った。
「あれが最初だったからな。俺も普段は同性異性問わず、スキンシップはどちらかといえば希薄なほうなんだが、いつのまにか慣らされて、感覚が麻痺してた」
「そういうもの、ですか?」
「そういうもの、みたいだな。おまえが相手だと、どういうわけか抵抗がない」
ごく軽い調子で言われ、美貌のヒューマノイドはホッとしたように肩の力を抜いた。その様子を見守りながら、シリルは黄金の頭髪を、小さな子供にするようにくしゃりと掻き混ぜた。
「おまえさ、もっと我儘になっていいんだぞ」
「……え?」
「もともと他人に気を遣う性分なのかもしれないが、俺に対してぐらい、肩肘張らずにもっと楽にしてろ」
濁りのないクリスタル・ブルーの双眸が、じっとシリルを見つめる。それから、ゆっくりと表情をやわらげていった。
「私はもうすでに、充分我儘です」
「こんなに聞きわけがよくて、相手を思いやってばかりなのにか?」
「そうです。国の象徴である唯一の方を、こうして独り占めして、希望を叶えていただいているのですから」
「こんなのは、希望を叶えたうちにも入らない。むしろ、俺がおまえに付き合ってもらってるようなもんだ。こういう口実でもなかったら、俺ひとりでなんて、休暇を取ることもなかっただろうしな」
それに、とシリルは付け加えた。
「国の象徴であるのは、あくまで公的立場で役割を果たす場合の話で、それ以外の俺は、肩書がどうであろうと変わらず昔のままだ。裏社会で好き勝手して生きてきた、ならず者の運び屋」
「ならず者だなんて」
「実際、そうだったんだよ。公にはできないことも随分してきた。おかげで登極してからの評判はさんざんだったし、王室府筆頭に、いろいろ取り繕うのに苦労しただろうな」
尻ぬぐいさせられるほうは堪ったもんじゃなかっただろう。
低く笑ったシリルは、やりたい放題やってきたツケが、こんなかたちでまわってくるとは思わなかったと肩を竦めた。だが、白皙の美貌には昏い翳が差した。
「……あなたから自由を奪ってしまったのは、私なのですね」
「リューク」
「私があなたを選び、『鍵』としての役割をまっとうしてしまったせいで、あなたは望んでもいない王としての務めを果たさなければならなくなった」
「リューク、そんなふうに考える必要はない。だれがどうということじゃなく、これはあらかじめ、さだめられてたことだったんだ」
「でも――」
言い募ろうとしたリュークを、シリルは制した。
「おまえが『鍵』の役目を果たさなかったとしても、俺の中に流れてる血を変えることはできない。時期が来れば、いずれはこうなることは決まってたんだ。だれにも、変えることはできなかった」
言い諭すように紡がれる言葉がそれでも心に痛い。リュークの表情がそう物語る。シリルはそれを受け止めて、穏やかに笑んだ。
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