蜜月

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
3 / 61
第1章

(3)

しおりを挟む
「嫌じゃ、ない……?」
「なんだ? 嫌々やってたように見えたか?」

 逆に訊かれて、生真面目なヒューマノイドは困惑の表情を浮かべた。

「いいえ、そんなことは……。でもきっと、私の不安を取り除くための手段として、いちばん落ち着かせられる方法をとられたのではないかと」
「まあ、それはたしかに間違ってないな」
 シリルはあっさりと認めた。

「出会ったころのおまえは、自分が不安やストレスを感じていることにさえ気づいていないようなところもあったからな。だが、たとえ自覚がなくとも、突如放り出された外の世界に不安と緊張をおぼえて、追われることへの恐怖を抱いていたことに変わりはない。だから俺は、少なくとも俺が傍にいるかぎり、おまえが安心して気を抜ける状況を作ってやりたいと思った」
「はじめて天幕の中で眠ることになったときのことは、いまでもはっきり憶えています。心臓の音でも聞いておけ、と」

 リュークの言葉に、シリルは低く笑った。

「あれが最初だったからな。俺も普段は同性異性問わず、スキンシップはどちらかといえば希薄なほうなんだが、いつのまにか慣らされて、感覚が麻痺してた」
「そういうもの、ですか?」
「そういうもの、みたいだな。おまえが相手だと、どういうわけか抵抗がない」

 ごく軽い調子で言われ、美貌のヒューマノイドはホッとしたように肩の力を抜いた。その様子を見守りながら、シリルは黄金の頭髪を、小さな子供にするようにくしゃりと掻き混ぜた。

「おまえさ、もっと我儘になっていいんだぞ」
「……え?」
「もともと他人に気を遣う性分しょうぶんなのかもしれないが、俺に対してぐらい、肩肘張らずにもっと楽にしてろ」

 濁りのないクリスタル・ブルーの双眸が、じっとシリルを見つめる。それから、ゆっくりと表情をやわらげていった。

「私はもうすでに、充分我儘です」
「こんなに聞きわけがよくて、相手を思いやってばかりなのにか?」
「そうです。国の象徴である唯一の方を、こうして独り占めして、希望を叶えていただいているのですから」
「こんなのは、希望を叶えたうちにも入らない。むしろ、俺がおまえに付き合ってもらってるようなもんだ。こういう口実でもなかったら、俺ひとりでなんて、休暇を取ることもなかっただろうしな」
 それに、とシリルは付け加えた。

「国の象徴であるのは、あくまで公的立場で役割を果たす場合の話で、それ以外の俺は、肩書がどうであろうと変わらず昔のままだ。裏社会で好き勝手して生きてきた、ならず者の運び屋」
「ならず者だなんて」
「実際、そうだったんだよ。公にはできないことも随分してきた。おかげで登極してからの評判はさんざんだったし、王室府筆頭に、いろいろ取り繕うのに苦労しただろうな」

 尻ぬぐいさせられるほうはたまったもんじゃなかっただろう。
 低く笑ったシリルは、やりたい放題やってきたツケが、こんなかたちでまわってくるとは思わなかったと肩を竦めた。だが、白皙の美貌にはくらかげが差した。

「……あなたから自由を奪ってしまったのは、私なのですね」
「リューク」
「私があなたを選び、『鍵』としての役割をまっとうしてしまったせいで、あなたは望んでもいない王としての務めを果たさなければならなくなった」
「リューク、そんなふうに考える必要はない。だれがどうということじゃなく、これはあらかじめ、さだめられてたことだったんだ」
「でも――」

 言い募ろうとしたリュークを、シリルは制した。

「おまえが『鍵』の役目を果たさなかったとしても、俺の中に流れてる血を変えることはできない。時期が来れば、いずれはこうなることは決まってたんだ。だれにも、変えることはできなかった」

 言いさとすように紡がれる言葉がそれでも心に痛い。リュークの表情がそう物語る。シリルはそれを受け止めて、穏やかに笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井
BL
竜人の国、アルディオンの王ジークハルトの后リディエールは、か弱い人族として生まれながら王の唯一の番として150年竜王妃としての努めを果たしてきた。 2人の息子も王子として立派に育てたし、娘も3人嫁がせた。 これからは夫婦水入らずの生活も視野に隠居を考えていたリディエールだったが、ジークハルトに浮気疑惑が持ち上がる。 帰れる実家は既にない。 ならば、選択肢は一つ。 家出させていただきます! 元冒険者のリディが王宮を飛び出して好き勝手大暴れします。 本編完結しました。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...