ショコラ・ノワール

西崎 仁

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エピローグ

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「鳴海さん、火ありますか?」
 訊かれて、ああ、と応えた鳴海はポケットからライターを取り出した。
 葵が差し出した線香に火を点け、軽く振って炎の勢いを消す。その一部を、葵に手渡した。
 最初に鳴海が供え、葵がそのあとにつづく。綺麗に磨かれた墓石のまえには、生け替えた花と、ラッピングされたチョコレート菓子が供えられていた。チョコレートは、葵が墓前に供えるために手作りしたものだった。
 ふたりで手を合わせ、それぞれに故人を偲ぶ。葵は随分長いこと、手を合わせていた。
 前回の墓参からふた月たらず。命日にひとりで訪れた墓に、こうして葵を伴う日が来るとは思いもしなかった。
 加奈子がいなくなった店は現在、鳴海と葵とで切り盛りしている。以前のように店頭で売り子として働く傍ら、葵はチョコレートソムリエの資格を得るべく、勉強に取り組みはじめたところだった。
 少しでも専門知識を身につけ、幅広く対応していけるようになりたい。
 葵の前向きで真摯な姿勢は変わらない。その意欲に応えるかたちで手ほどきをするのが鳴海も楽しかった。
 ル・シエル・エトワール――星空……。
 妻、小夜の名をイメージした店名をかかげるようになって一年。
 亡き妻は甘い物を好み、とりわけチョコレートに目がなかった。
 鳴海自身、日頃から間食をする習慣はなく、調理にもチョコレートにも、まるで関心はなかった。それでもショコラティエを目指し、自分の店を持ったのは、それによって己に生きる理由を見いだすためだった。
 そうでもしなければ、今日を明日に繋いで踏みこたえることができなかった。
 厨房に立ちつづけることで、鳴海はかろうじて己の生を放棄せずにながらえることができた。そんな自分に訪れた、ひとつの出逢い――
「行こうか」
 ようやく顔を上げた葵をうながし、鳴海は立ち上がる。
 柄杓ひしゃくを入れた水桶を手に歩き出した鳴海の横に、葵が並んだ。
「奥様とまひるちゃん、チョコレート気に入ってくれるといいんですけど」
「大丈夫。ふたりとも喜んでるよ」
 鳴海の言葉に、葵は口許を綻ばせた。
 前方からやってきた人影に、葵が一歩下がって道を空ける。互いに挨拶を交わしながら一列になってすれ違った直後、葵が後方から呼びかけてきた。
「あの、鳴海さん」
「ん?」
「今日は連れてきてくださって、ありがとうございました」
 鳴海は足を止めて振り返った。そして、こちらこそ、と返した。その胸に、あたたかなものがこみあげる。
 ふたたび歩き出すと、葵が足を速めて追いついてきた。
「小夜と、なに話してた?」
 葵が並んだタイミングで尋ねてみる。そんな鳴海を、葵は振り仰いだ。
 一度開きかけた口唇が思いなおしたように閉ざされる。それから、ひと呼吸置いてもう一度開いた。
「内緒です。女同士の秘密の話」
 口許に浮かぶのは、満面の笑み。
 その顔を見て、鳴海の口許にも微笑が閃いた。
 横にいる葵から転じて視線を上げると、青空の中に浮かんでいるのは真昼の白い月。鳴海はその月を、穏やかな気持ちで眩しく見つめた。

   ~ end ~ 
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みんなの感想(3件)

揺籃
2018.04.16 揺籃

 物語が、ほろ苦いカカオから甘いチョコになっていくのを、そっと、大事に拝読いたしました。
 鳴海さんのトラウマと葵さんの心の痛みゆえの行為とのリンク、葵さんの前の職場にも、“本当は”味方がいた事。ほんのすこし、ボタンのかけ違えで、キャラクターの視界がナロウになるところは、はらはらしましたわ……。涙の味もしながら、おいしいチョコをいただきました。ごちそうさま(*´∇`*)です。

西崎 仁
2018.04.16 西崎 仁

揺籃様

ご来訪、そして最後までおつき合いいただきまして本当にありがとうございました。
日頃はあまりこういったジャンルに挑戦することがないため、自身でも、戸惑いともどかしさに翻弄されながら書き進める日々でありました。
最後、おさまるべきところにおさまって、ようやくホッとひと安心、といったところでしょうか(笑)
職人としてはまだまだ未熟な書き手の作り上げた作品をお手にとっていただき、誠にありがとうございました! より一層技術を磨き上げて、質の高い商品をご提供できるよう、今後とも精進して参りたいと思います。
嬉しくも励みとなるあたたかいお言葉、心より御礼申し上げます。

解除
NAZUMI
2018.04.04 NAZUMI

底なしの泥沼に入り込んでいるのに、そこから逃れようともがけばそれは咎であり、テンパリングしたチョコの滑らかな表面と艶を失うでもあるかのように、鳴海は日々を過ごしている。

鳴海と葵――ふたりに通じるのは、こまやかさ。こまやかであるがゆえに、小さな棘や傷に大きな悼みをおぼえてしまう。

柔らかくあらねば強くあれない。強くあれ。ふたりに祝福をと願わずにいられない。この出逢いに感謝します。すてきな物語をありがとうございました。

西崎 仁
2018.04.04 西崎 仁

虹乃ノラン様

おつき合いいただきましてありがとうございました!
行間に滲む鳴海の思いを丁寧に読み取っていただき、感謝の言葉もありません。
ようやく己の傷と向き合い、前を向けるようになった鳴海、そしてそんな鳴海とともに歩むことを決めた葵にあたたかなエールをありがとうございます。
ほろ苦くもなめらかで甘い。
職人のような質の高い物語を紡ぐにはまだまだ未熟者ではありますが、少しずつその質を上げていける書き手となれるよう、今後とも精進していきたいと思います。

解除
black-knight
2018.04.03 black-knight

完結、お疲れ様でした。
つらい経験をしたふたりが少しずつ癒されていく姿が素敵でした。
あのバカ女とバカ男には、きっとどこかで天罰が落とされることでしょう。
もし、お時間がありましたら……ふたりの幸せなデートシーンが読んでみたいなぁ~
ええ、もちろん無理のない程度でかまいませんので……。せっかく美味しいチョコがあるので、「あーん♡」とかしてるシーンもいいなぁ、と書き添えておきます。
素敵なお話をありがとうございました。
次回作も楽しみにしております。

西崎 仁
2018.04.03 西崎 仁

black-knight様

最後までおつき合いいただき、ご感想までありがとうございました!
日頃はハードバトルや心理戦がメインの作品が多く、今回は非常に苦手なジャンルに初挑戦、ということで、書き手としましても、読み手の方にどんな風に受け止めていただけるものかと大変ドキドキしておりました。
楽しんでいただけたようでホッとしました。
ふたりにとってはまさにここからがスタートということで、主に主役の鳴海が己の過去の傷と向き合い、乗り越えるまでを軸とした物語となりました。今後は少しずつ距離を縮めながら、互いを想い合って愛情を育んでいくことと思います。
あたたかなエール、そして後日談への嬉しいご要望までありがとうございます!
機会がありましたら、また挑戦してみたいと思います。(恋愛モノが非常に苦手なので、どこまでやれるかは不明ですが…(笑))

解除

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