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第14章 王の『鍵』
第1話(6)
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ハッハッと口から荒い息を漏らしながら、シリルは操縦桿に顔を伏せて大きく喘いだ。ややあってから、鉛のように重い上体を起こす。そして、やっとのことでエンジンを切ると小型機から降りた。
「シリルッ」
ふらつく躰を小型機にあずけながらかろうじて立ち、目を凝らした先に、ちょうど駆けつけた王室師団によって救出されたベルンシュタインらの姿が映った。いまだ視界がぼやけて全体がうまく見渡せないというのに、拘束から解放されたリュークが、衣服にひっかかるワイヤーをはずすのももどかしく、自分に向かって走ってこようとする姿だけは鮮明にとらえることができた。
シリルの口許に、自然、笑みが浮かぶ。腹筋に力を入れ、自力で立ちなおすと、シリルはゆっくりと歩き出した。必死に走ってくる顔がいまにも泣き出しそうで、早く傍に行って安心させてやらなければと思った。
自分の許へ、ただ一心に駆けてくる姿。だがその顔が、不意に恐怖に硬張った。同時にシリルもまた、背後に強い殺気を感じて振り返る。そのシリルを庇うように飛びこんできた痩身が、シリルの眼前で跳ね上がった。
大きく反り返る上体。
クリスタル・ブルーの双眸がわずかに見開かれ、その躰が声もなく膝からくずおれた。抱きとめようと伸ばしたシリルの腕を、華奢な躰が呆気なく擦り抜けていく。リュークは、シリルの目の前で床に沈んだ。
「リュークッ」
リュークが崩れ落ちたその向こうに、祭壇わきで、最前ラーザによって蹴り飛ばされたシリルの銃を構えるケネスの姿があった。その口許に、うっすらと笑みが浮かび上がった。みずからもまた、ラーザの放った軽機関銃の的とされ、瀕死の状態となってなお見せた、凄まじいまでの執念。直後、ケネスは王室師団の近衛兵らによって射殺された。
「リュークッ、しっかりしろ! リューク!」
膝をつき、抱き上げたシリルの腕の中で、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
「シ、リル……」
抱きかかえる背中から生温かな鮮血が溢れ出て、リュークの体温を急速に奪っていく。
「リュークッ、血を止めろ! 血液の循環も止められるんだろっ!? 早く機能を切り替えろ!」
シリルの言葉に、美貌のヒューマノイドはかすかにかぶりを振った。薄く開いた口が、弱々しく喘ぐ。
「リューク、頼むからっ。頼むから生きてくれ! 死ぬんじゃないっ、生きろ! リュークッ」
「シ…リル……、……きです」
血の気の失せた口唇から、囁きが漏れた。耳を寄せたシリルに、リュークは言葉を繰り返した。
「あなたが、好きです……シリル……。一緒にいられて、……れしか……た」
言葉を紡いだ口唇が、やわらかな微笑を形作った。
頬に触れたシリルの手に、リュークはみずからも頬を寄せる。
「…リル、あなたが、…きです……とても…好き………………」
光を失った瞳がゆっくりと閉じられる。そこから、ひと滴の涙が伝い落ちた。
閉じられた瞳の煌めきにかわり、シリルの右手で光るのは、おなじ色の宝石。
『ユリウス、そなたの瞳とおなじ色の宝石を、余は、今生では会うこと叶わぬであろう息子に贈ろうと思う』
そこに、この国の王としてのみならず、父としての深い想いが重ねられていく。
『そなたの「心」と余の願い。ふたつが出逢い、惹き合わされたそのときに、奇跡は必ずや起こり、現実となろう』
生命の耀きが喪われてなお、その口許に浮かぶのは、幸福に満ち溢れた、このうえなく美しい微笑み――
シリルは力をなくした黄金の頭を、みずからの胸に掻き抱いた。
「シリルッ」
ふらつく躰を小型機にあずけながらかろうじて立ち、目を凝らした先に、ちょうど駆けつけた王室師団によって救出されたベルンシュタインらの姿が映った。いまだ視界がぼやけて全体がうまく見渡せないというのに、拘束から解放されたリュークが、衣服にひっかかるワイヤーをはずすのももどかしく、自分に向かって走ってこようとする姿だけは鮮明にとらえることができた。
シリルの口許に、自然、笑みが浮かぶ。腹筋に力を入れ、自力で立ちなおすと、シリルはゆっくりと歩き出した。必死に走ってくる顔がいまにも泣き出しそうで、早く傍に行って安心させてやらなければと思った。
自分の許へ、ただ一心に駆けてくる姿。だがその顔が、不意に恐怖に硬張った。同時にシリルもまた、背後に強い殺気を感じて振り返る。そのシリルを庇うように飛びこんできた痩身が、シリルの眼前で跳ね上がった。
大きく反り返る上体。
クリスタル・ブルーの双眸がわずかに見開かれ、その躰が声もなく膝からくずおれた。抱きとめようと伸ばしたシリルの腕を、華奢な躰が呆気なく擦り抜けていく。リュークは、シリルの目の前で床に沈んだ。
「リュークッ」
リュークが崩れ落ちたその向こうに、祭壇わきで、最前ラーザによって蹴り飛ばされたシリルの銃を構えるケネスの姿があった。その口許に、うっすらと笑みが浮かび上がった。みずからもまた、ラーザの放った軽機関銃の的とされ、瀕死の状態となってなお見せた、凄まじいまでの執念。直後、ケネスは王室師団の近衛兵らによって射殺された。
「リュークッ、しっかりしろ! リューク!」
膝をつき、抱き上げたシリルの腕の中で、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
「シ、リル……」
抱きかかえる背中から生温かな鮮血が溢れ出て、リュークの体温を急速に奪っていく。
「リュークッ、血を止めろ! 血液の循環も止められるんだろっ!? 早く機能を切り替えろ!」
シリルの言葉に、美貌のヒューマノイドはかすかにかぶりを振った。薄く開いた口が、弱々しく喘ぐ。
「リューク、頼むからっ。頼むから生きてくれ! 死ぬんじゃないっ、生きろ! リュークッ」
「シ…リル……、……きです」
血の気の失せた口唇から、囁きが漏れた。耳を寄せたシリルに、リュークは言葉を繰り返した。
「あなたが、好きです……シリル……。一緒にいられて、……れしか……た」
言葉を紡いだ口唇が、やわらかな微笑を形作った。
頬に触れたシリルの手に、リュークはみずからも頬を寄せる。
「…リル、あなたが、…きです……とても…好き………………」
光を失った瞳がゆっくりと閉じられる。そこから、ひと滴の涙が伝い落ちた。
閉じられた瞳の煌めきにかわり、シリルの右手で光るのは、おなじ色の宝石。
『ユリウス、そなたの瞳とおなじ色の宝石を、余は、今生では会うこと叶わぬであろう息子に贈ろうと思う』
そこに、この国の王としてのみならず、父としての深い想いが重ねられていく。
『そなたの「心」と余の願い。ふたつが出逢い、惹き合わされたそのときに、奇跡は必ずや起こり、現実となろう』
生命の耀きが喪われてなお、その口許に浮かぶのは、幸福に満ち溢れた、このうえなく美しい微笑み――
シリルは力をなくした黄金の頭を、みずからの胸に掻き抱いた。
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