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第14章 王の『鍵』

第1話(3)

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「シリル…ッ」

 自分に縋りつく華奢な躰を、シリルはケネスから庇うようにしっかりと抱きとめ、黄金の髪を掻き交ぜた。

「怖い思いをさせたな。遅くなってすまなかった」

 シリルの言葉に、肩口に押しつけられた頭が左右に振られた。洗脳が解除されてなお、ケネスの許で己の意思を眠らせていたヒューマノイド。ガラス玉のように虚ろだった瞳は、しかし、シリルの姿をとらえた瞬間にその『心』を取り戻した。感情のスイッチが切り替わった途端あらわれた変化は、シリルでさえもが目を奪われたほど、劇的であざやかだった。

 王の『鍵』――果たしてリュークにとって、これほどの変化は望ましいものだったのか……。

 リュークを腕に抱くシリルは、不意に顔を上げた。
 わずかに奔ったその緊張を、リュークもまた敏感に察して頭を起こす。王廟の出入り口を見やったシリルは、すぐに視線を戻すと自分を見つめる不安げな眼差しを受け止め、安心させるように目許をなごませた。そのまま、立てた人差し指をみずからの口に当てる。リズとベルンシュタインにも目顔で合図し、仕種のみで壁ぎわに寄るよううながした。そのシリルのインカムが、着信を告げた。王室第2師団長ブラッドリーから発せられた、緊急警報であった。直後、激しい銃声音が王廟内に鳴り響く。


「伏せろっ!!」


 シリルの発した鋭い一声いっせいのもと、リズとベルンシュタインは互いに庇い合うように歴代君主の祭壇の陰に駆けこんだ。シリルもまた、リュークを護って物陰へと飛びこむ。執拗な銃撃が、王廟内のあらゆるものを穿ち、破砕していった。その音がわずかに熄んだ次の瞬間、王廟の正面から、ビア・セキュリティ所有の小型機がつっこんできた。

 リズの口から鋭い悲鳴があがる。
 激しい震動と爆音が轟きわたる中、壁やガラスが飛び散り、粉塵があたり一面に舞い上がった。その騒乱が鎮まったタイミングで、小型機の操縦席からラーザが降りてきた。

「あ~あ、お付きの奴らがいねえと、お偉いさんってのは憐れだねえ」

 浴びせた嘲弄の先には、何発もの銃弾を浴びて血まみれになったケネスの姿があった。
 虫の息に近い状態になってなお、ケネスは冷ややかに無礼な乱入者をめつける。エリート官僚のそんな傲岸な態度に侮蔑の笑みを投げつけながら、ラーザは挑発的な態度で口を開いた。

「おいおい、こっちがこうしてわざわざ乗りこんできてやってんのに、歓迎もしてくんねえのかい? ヴァーノン隊長さんよ。まさかこのままこっそり、カワイコちゃんと手に手を取ってトンズラこいちまおうなんて都合のいいこと、考えちゃいねえよなあ? あんま調子っこいてんと、さすがの俺も、キレちゃう…よっ?」

 言った瞬間、ラーザは手にしていた銃で、ある一点に向かって集中砲火を浴びせた。リズの悲鳴とともに、ベルンシュタインの呻き声もあがる。口唇を吊り上げたラーザは、物陰に隠れていたふたりの人質に歩み寄ると、銃口を向けたまま、さらに声を張り上げた。

「おとなしく出てきな」

 その命令に、リズとベルンシュタインは顔を上げた。

「シリル様っ、なりません!」
「やめてっ、出てこないでっ」

 それぞれに制止の言葉を発したが、シリルは命ぜられるまま、ゆっくりとラーザのまえに姿を現した。

「両手を挙げろ。おっと、そのまえに武器は捨ててもらおうか」 

 こっちに抛れと重ねて命じられ、シリルはホルダーから銃を抜き取ると、言われるままラーザのほうへ投げ捨てた。回転しながら足もとに転がってきた銃を、ラーザは力いっぱい蹴り飛ばす。容易には届かぬ場所まで危険な凶器を押しやると、男は両手を挙げるシリルを見やって満面の笑みを浮かべた。
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