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第14章 王の『鍵』
第1話(1)
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王廟――ローレンシア歴代君主が祀られた、聖なる場所。
ヒューマノイドを伴って正面入り口に立ったケネスは、固く閉ざされた扉をまえに「開けろ」と命じた。
白い繊手が、施錠されたドアノブに手をかける。『鍵』として機能しはじめたリュークの内に設定されている専用コードが、ドアにかけられているロックを解除した。
当然のような顔で中に入ったケネスは、ひんやりと冷えた、独特な空気が漂うひろびろとした空間を眺めやると、王廟内の最奥、初代国王ベンジャミン・ウィリアムが祀られる祭壇へと足を進めた。
ローレンシア連邦王国君主に相応しい、重厚にして荘厳な意匠が施された祭壇。
歴代国王は、ここを訪れることによって次代君主としての資格を得てきた。おそらく、父祖への挨拶などという生ぬるい理由からではあるまい。思ったケネスは、傍らを顧みた。
すべては、この『鍵』が握っている。
「心は、定まったようだな」
ケネスは、無言で祭壇を見上げる秀麗な横顔に声をかけた。その言葉を受けて、ヒューマノイドが振り返った。心の消えた無表情。ガラス玉のようになにも映さない瞳。かつて見慣れた、透きとおるような美貌――
「ユリウス、我々の最終目的はおなじはずだ。私を、玉座へ押し上げろ」
命じられた言葉の意味を吟味するように、クリスタル・ブルーの双眸がケネスをじっと見つめた。長らく閉じていた口唇が、薄く開く。
「……できません」
ケネスは両眼を見開いた。そのケネスを正面から見据え、王の『鍵』は断言した。
「あなたを王にすることはできません。私の中に封印されているものが、あなたでは開かない。あなたは、私の主ではないようです」
美しい口唇から漏れ出る、平淡で、それゆえ容赦のない言葉。
ケネスは無言で振り上げた右手を、力任せに打ち下ろした。華奢な躰が弾き飛ばされ、床に叩きつけられる。その髪を掴んで引き起こし、無理やり立ち上がらせると、今度はその上体を祭壇に向かって突き飛ばした。
「どこまでもいまいましい…っ」
身を起こそうとするその頭を掴んで、強く祭壇に押しつける。くいしばった歯の隙間から、抑えきれない激情が噴出した。
「貴様がだれに忠誠を誓って操立てしようが、そんなのはどうだってかまわん。私を拒み抜くというのであれば、力尽くでおまえの内に封印されたものをこじ開け、引きずり出してくれるまでのことっ」
祭壇の燭台を掴んだケネスは、ひと振りして挿してあった蝋燭を落とすと、押さえこんでいる痩身を切っ先で貫こうと構えた。腕の下で、決して己を受け容れようとしない獲物が弱々しく足掻いた。
欲したのは、描いた理想を実現するための得がたき才能。それは、どこまでも高潔で、目映い光を放っていた。
幼き日に己が味わった苦しみを、おなじように味わう子供がこの世界からいなくなるように――
描いた理想、欲した未来は、決して否定されるものではなかったはずだった。
だが、差し伸べた手を取り、ともに歩むことを望んだ相手は、自分がもっとも憎み、否定する存在をこそ選び取った。ならばもう、なにも望みはしない。欲しい権力は、どんな手を使ってでも必ず自分で掴み取ってみせる。
ケネスの手に、力が籠もる。胸を裂き、脳を暴き、固く封印されたユリウスの先王に対する汚れなき忠義を引きずり出して屈服させるのだ。
正しいのは私だ。ユリウス、おまえの選択は間違っていた。
振り上げた手を、ケネスは心臓めがけて突きこもうとした。その手から、握りしめていた燭台が弾き飛ばされた。
「――っ!」
強い衝撃に手首を押さえ、ケネスは振り返る。王廟の入り口に、複数の人影があった。
ヒューマノイドを伴って正面入り口に立ったケネスは、固く閉ざされた扉をまえに「開けろ」と命じた。
白い繊手が、施錠されたドアノブに手をかける。『鍵』として機能しはじめたリュークの内に設定されている専用コードが、ドアにかけられているロックを解除した。
当然のような顔で中に入ったケネスは、ひんやりと冷えた、独特な空気が漂うひろびろとした空間を眺めやると、王廟内の最奥、初代国王ベンジャミン・ウィリアムが祀られる祭壇へと足を進めた。
ローレンシア連邦王国君主に相応しい、重厚にして荘厳な意匠が施された祭壇。
歴代国王は、ここを訪れることによって次代君主としての資格を得てきた。おそらく、父祖への挨拶などという生ぬるい理由からではあるまい。思ったケネスは、傍らを顧みた。
すべては、この『鍵』が握っている。
「心は、定まったようだな」
ケネスは、無言で祭壇を見上げる秀麗な横顔に声をかけた。その言葉を受けて、ヒューマノイドが振り返った。心の消えた無表情。ガラス玉のようになにも映さない瞳。かつて見慣れた、透きとおるような美貌――
「ユリウス、我々の最終目的はおなじはずだ。私を、玉座へ押し上げろ」
命じられた言葉の意味を吟味するように、クリスタル・ブルーの双眸がケネスをじっと見つめた。長らく閉じていた口唇が、薄く開く。
「……できません」
ケネスは両眼を見開いた。そのケネスを正面から見据え、王の『鍵』は断言した。
「あなたを王にすることはできません。私の中に封印されているものが、あなたでは開かない。あなたは、私の主ではないようです」
美しい口唇から漏れ出る、平淡で、それゆえ容赦のない言葉。
ケネスは無言で振り上げた右手を、力任せに打ち下ろした。華奢な躰が弾き飛ばされ、床に叩きつけられる。その髪を掴んで引き起こし、無理やり立ち上がらせると、今度はその上体を祭壇に向かって突き飛ばした。
「どこまでもいまいましい…っ」
身を起こそうとするその頭を掴んで、強く祭壇に押しつける。くいしばった歯の隙間から、抑えきれない激情が噴出した。
「貴様がだれに忠誠を誓って操立てしようが、そんなのはどうだってかまわん。私を拒み抜くというのであれば、力尽くでおまえの内に封印されたものをこじ開け、引きずり出してくれるまでのことっ」
祭壇の燭台を掴んだケネスは、ひと振りして挿してあった蝋燭を落とすと、押さえこんでいる痩身を切っ先で貫こうと構えた。腕の下で、決して己を受け容れようとしない獲物が弱々しく足掻いた。
欲したのは、描いた理想を実現するための得がたき才能。それは、どこまでも高潔で、目映い光を放っていた。
幼き日に己が味わった苦しみを、おなじように味わう子供がこの世界からいなくなるように――
描いた理想、欲した未来は、決して否定されるものではなかったはずだった。
だが、差し伸べた手を取り、ともに歩むことを望んだ相手は、自分がもっとも憎み、否定する存在をこそ選び取った。ならばもう、なにも望みはしない。欲しい権力は、どんな手を使ってでも必ず自分で掴み取ってみせる。
ケネスの手に、力が籠もる。胸を裂き、脳を暴き、固く封印されたユリウスの先王に対する汚れなき忠義を引きずり出して屈服させるのだ。
正しいのは私だ。ユリウス、おまえの選択は間違っていた。
振り上げた手を、ケネスは心臓めがけて突きこもうとした。その手から、握りしめていた燭台が弾き飛ばされた。
「――っ!」
強い衝撃に手首を押さえ、ケネスは振り返る。王廟の入り口に、複数の人影があった。
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