上 下
147 / 161
第14章 王の『鍵』

第1話(1)

しおりを挟む
 王廟――ローレンシア歴代君主が祀られた、聖なる場所。

 ヒューマノイドを伴って正面入り口に立ったケネスは、固く閉ざされた扉をまえに「開けろ」と命じた。
 白い繊手せんしゅが、施錠されたドアノブに手をかける。『鍵』として機能しはじめたリュークの内に設定されている専用コードが、ドアにかけられているロックを解除した。

 当然のような顔で中に入ったケネスは、ひんやりと冷えた、独特な空気が漂うひろびろとした空間を眺めやると、王廟内の最奥、初代国王ベンジャミン・ウィリアムが祀られる祭壇へと足を進めた。

 ローレンシア連邦王国君主に相応ふさわしい、重厚にして荘厳な意匠が施された祭壇。
 歴代国王は、ここを訪れることによって次代君主としての資格を得てきた。おそらく、父祖への挨拶などという生ぬるい理由からではあるまい。思ったケネスは、傍らを顧みた。

 すべては、この『鍵』が握っている。

「心は、定まったようだな」

 ケネスは、無言で祭壇を見上げる秀麗な横顔に声をかけた。その言葉を受けて、ヒューマノイドが振り返った。心の消えた無表情。ガラス玉のようになにも映さない瞳。かつて見慣れた、透きとおるような美貌――

「ユリウス、我々の最終目的はおなじはずだ。私を、玉座へ押し上げろ」

 命じられた言葉の意味を吟味するように、クリスタル・ブルーの双眸がケネスをじっと見つめた。長らく閉じていた口唇が、薄く開く。

「……できません」

 ケネスは両眼を見開いた。そのケネスを正面から見据え、王の『鍵』は断言した。

「あなたを王にすることはできません。私の中に封印されているものが、あなたでは開かない。あなたは、私の主ではないようです」

 美しい口唇から漏れ出る、平淡で、それゆえ容赦のない言葉。
 ケネスは無言で振り上げた右手を、力任せに打ち下ろした。華奢な躰が弾き飛ばされ、床に叩きつけられる。その髪を掴んで引き起こし、無理やり立ち上がらせると、今度はその上体を祭壇に向かって突き飛ばした。

「どこまでもいまいましい…っ」

 身を起こそうとするその頭を掴んで、強く祭壇に押しつける。くいしばった歯の隙間から、抑えきれない激情が噴出した。

「貴様がだれに忠誠を誓って操立てしようが、そんなのはどうだってかまわん。私を拒み抜くというのであれば、力尽くでおまえの内に封印されたものをこじ開け、引きずり出してくれるまでのことっ」

 祭壇の燭台を掴んだケネスは、ひと振りして挿してあった蝋燭を落とすと、押さえこんでいる痩身を切っ先で貫こうと構えた。腕の下で、決して己を受け容れようとしない獲物が弱々しく足掻あがいた。
 欲したのは、描いた理想を実現するための得がたき才能。それは、どこまでも高潔で、目映い光を放っていた。

 幼き日に己が味わった苦しみを、おなじように味わう子供がこの世界からいなくなるように――

 描いた理想、欲した未来は、決して否定されるものではなかったはずだった。
 だが、差し伸べた手を取り、ともに歩むことを望んだ相手は、自分がもっとも憎み、否定する存在をこそ選び取った。ならばもう、なにも望みはしない。欲しい権力ものは、どんな手を使ってでも必ず自分で掴み取ってみせる。

 ケネスの手に、力が籠もる。胸を裂き、脳を暴き、固く封印されたユリウスの先王に対する汚れなき忠義を引きずり出して屈服させるのだ。

 正しいのは私だ。ユリウス、おまえの選択は間違っていた。

 振り上げた手を、ケネスは心臓めがけて突きこもうとした。その手から、握りしめていた燭台が弾き飛ばされた。

「――っ!」

 強い衝撃に手首を押さえ、ケネスは振り返る。王廟の入り口に、複数の人影があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...