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第9章 奪還

第3話

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「侍従長! ベルンシュタイン侍従長様、大変でございますっ」

 控えの間に飛びこんできた職員のただならぬ様相に、王室府侍従長、エセルバート・ベルンシュタインは素早く立ち上がった。

「なにごとか」
「陛下がっ……、クリストファー陛下が……っ」

 それ以上言葉を継ぐことができない部下をその場に残し、ベルンシュタインは控え室を飛び出した。
 ここ数日、国王の容態は思わしくない状態がつづいていた。万一を考え、覚悟もしておくようにと王室医療センターの医局長、ゴードンからも伝えられていた。だが、そんなことはあってほしくないと願っていた。

 早すぎる。玉座にいて、まだたったの7年。その年齢は、30にも届いていなかった。

 ――陛下……、陛下! ご幼少よりお世話申し上げたこのしんを、どうか置いて逝かれますな。この老いぼれより早く旅立たれるようなことなど、あってはなりませぬ。お若き陛下をみすみすお救いすることかなわなかったとなれば、大恩ある先王陛下に、どうして顔向けできましょう。

 内心で呼びかけつつ、王の寝所に駆けつける。


「陛下っ! 陛下ぁぁぁーっ!!」

 廊下に大勢の護衛や女官が集まる中、悲鳴のように泣き叫ぶ声が室内から聞こえてきた。ハッとしたベルンシュタインは、泣き濡れる女官らを押しのけ、室内へと駆けこんだ。
 その目に留まったのは、中央の煌びやかな天蓋つきのベッドの中で横たわるクリストファー・ガブリエル国王に縋りついて泣く、アドリエンヌ王妃の姿だった。
 一見するなり、ベルンシュタインは「ああ……」と額に手をやり、低い呻き声を立てた。

 国王の亡骸なきがらに取り縋り、悲嘆に暮れる王妃を見守る医療スタッフの中から、駆けつけたベルンシュタインに気づいた医局長のゴードンがやってくる。その傍らに立つと、ゴードンは言葉少なに報告した。

「いましがた、崩御なさいました」

 無言で頷くベルンシュタインに、ゴードンは目線を伏せた。

「容態が急変されてから、わずか数分の出来事で……。力及ばず、申し訳ございません」
「いや、ご苦労さまでした」

 沈痛な面持ちで肩を落とす医局長に、ベルンシュタインもまた、重苦しさの漂う声音で応じた。そのベルンシュタインの背後に、王室府の職員がひとり近づいた。肩越しにわずかに顔を傾けた侍従長にさらに近づいた職員は、周囲を憚る声でそっと耳打ちした。

「恐れ入ります、侍従長。科学開発技術省ハン長官よりご連絡が」

 低く囁いた職員は、さらに声をひそめて報告した。

「1時間ほどまえに『鍵』が奪われた、と」

 ベルンシュタインの双眸が、大きく見開かれた。直後に室内に悲鳴があがる。極度の興奮状態にあった王妃が、床に倒れこんだところであった。ゴードンが素早く飛んでいく。

「王妃様を別室へお連れせよ!」

 鋭い指示を飛ばすゴードンのもと、医療スタッフらを中心に控えていた女官らもあわただしく動きはじめた。ベルンシュタインもまた、追って連絡する旨ハン長官に伝えるよう言いわたすと、報告者を下がらせた。その口から、深く、太い息が吐き出される。
 悲嘆に暮れてなどいられない。為すべきことが、見えない山となってベルンシュタインの眼前にうずたかく積み上げられていた。

 疲れた顔を俯けた老臣は、わずかに目を閉じ、グッと奥歯を噛みしめる。そのひと息の間で王室府の長としての立場を取り戻したベルンシュタインは、己の職務をまっとうするため、昂然と胸を反らしてその顔を上げた。
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