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第9章 奪還
第1話(2)
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「知り合いだったんで?」
あわててあとを追ってきたマティアスに訊かれ、シリルは「いや」とかぶりを振った。
これが、ノエラであるはずもなかった。心の抜け落ちた無表情。超人じみた膂力と戦闘力。殺傷力の高いそれは、ノエラの生態情報をもとに造られた粗悪な複製品だった。遠目越しに一見した瞬間の判断だったとはいえ、これをあのノエラと見まがうなど、どうかしているにもほどがあった。いつもなら、敵が近づいた段階で気配を察知できたはずだった。それが、イヴェールによってもたらされた情報をまえに、ラーザの襲撃にすら気づけぬほど動揺した自分が情けなかった。その挙げ句の惨事。
ノエラがだれによって殺害されたのかも、これで判明した。
シリルの目に、勁い光が灯る。盛られた薬のせいで、意識を取り戻した直後から割れるように頭が痛んだ。だがいまは、それすらも噴き上がる闘争心を煽り立てる起爆剤となっていた。
「あの、兄ィ」
テントの残骸を押しのけるシリルを手伝いながら、マティアスが遠慮がちに言った。
「その、ブラック・バードの件なんですが……」
「譲るのが無理なら、貸してくれ」
端的にシリルは言った。
「ただし、敵の攻撃は避けられない以上、無傷では済まない。その場合の修理費は俺が持つ」
「けど、兄ィのイーグルほど性能はよくありませんぜ? むしろポンコツで」
「飛ばないイーグルよりは遙かにマシだ」
シリルの言葉を聞いて、マティアスは腹をくくったように息をついた。
「……わかりやした。そういうことなら喜んで。存分に使ってやってくだせえ」
「悪ィな、大事な商売道具をよ」
「とんでもねえ。兄ィのお役に立てるなら、本望です」
完爾と笑った強面の大男は、だが次の瞬間、信じられない言葉を耳にしてその顔を引き攣らせた。
「我儘ついでにもうひとつ。一刻を争う関係上、安全装置ははずさせてもらうぞ」
「はっ!?」
思わず目を剥いた巨漢に、シリルはすました顔で肩を竦めた。
「ぬるい飛行じゃ簡単に撃ち落とされる。それじゃ意味がねえ」
「そ、そりゃたしかに……。けっ、けど、安全装置はずした日にゃあ……」
危険どころの話ではなかった。リミッターをはずせば、すべての自動調節機能が解除される。ついでに、コックピット内の計器類もまた、作動しなくなることを意味した。
「目隠ししたまま命綱なしで崖っぷち全力疾走するようなもんですぜ?」
「まあ、そうなるな」
「と、飛べるんで……?」
「飛べなきゃやらせろとは言わねえよ」
力むでもなく飄々と応えるシリルに、しばし唖然とした表情を浮かべた同業者は、やがて意を決したようにきっぱりと頷いた。
「でしたら兄ィ、オレもお供させてください」
シリルは驚くでもなく、眉を上下させた。
「生命の保証はできねえぞ」
「天下の運び屋、シリル・ヴァーノンの操縦技術、間近に見れんなら死んだって悔いはありませんや。それに兄ィだって、さらさら死ぬ気なんざねえんじゃねえですかい?」
「まあ、な」
「だったら、こんなとこにぽっちで取り残されるよか全然マシでさぁ。オレなんかでもご一緒すれば、なんかのお役に立つかもしれねえですし」
「なら好きにすればいい。ただし、テメエのケツはテメエで拭いてもらうことになるぞ。おまえまでかまってる余裕はねえからな」
「オレだっていっぱしのプロですぜ。そのぐらい、覚悟のうえでさ」
自信を持って請け合う山賊のような風体の巨漢に、シリルは無言で残骸の中から見つけ出した医療用具を抛り投げた。
あわててあとを追ってきたマティアスに訊かれ、シリルは「いや」とかぶりを振った。
これが、ノエラであるはずもなかった。心の抜け落ちた無表情。超人じみた膂力と戦闘力。殺傷力の高いそれは、ノエラの生態情報をもとに造られた粗悪な複製品だった。遠目越しに一見した瞬間の判断だったとはいえ、これをあのノエラと見まがうなど、どうかしているにもほどがあった。いつもなら、敵が近づいた段階で気配を察知できたはずだった。それが、イヴェールによってもたらされた情報をまえに、ラーザの襲撃にすら気づけぬほど動揺した自分が情けなかった。その挙げ句の惨事。
ノエラがだれによって殺害されたのかも、これで判明した。
シリルの目に、勁い光が灯る。盛られた薬のせいで、意識を取り戻した直後から割れるように頭が痛んだ。だがいまは、それすらも噴き上がる闘争心を煽り立てる起爆剤となっていた。
「あの、兄ィ」
テントの残骸を押しのけるシリルを手伝いながら、マティアスが遠慮がちに言った。
「その、ブラック・バードの件なんですが……」
「譲るのが無理なら、貸してくれ」
端的にシリルは言った。
「ただし、敵の攻撃は避けられない以上、無傷では済まない。その場合の修理費は俺が持つ」
「けど、兄ィのイーグルほど性能はよくありませんぜ? むしろポンコツで」
「飛ばないイーグルよりは遙かにマシだ」
シリルの言葉を聞いて、マティアスは腹をくくったように息をついた。
「……わかりやした。そういうことなら喜んで。存分に使ってやってくだせえ」
「悪ィな、大事な商売道具をよ」
「とんでもねえ。兄ィのお役に立てるなら、本望です」
完爾と笑った強面の大男は、だが次の瞬間、信じられない言葉を耳にしてその顔を引き攣らせた。
「我儘ついでにもうひとつ。一刻を争う関係上、安全装置ははずさせてもらうぞ」
「はっ!?」
思わず目を剥いた巨漢に、シリルはすました顔で肩を竦めた。
「ぬるい飛行じゃ簡単に撃ち落とされる。それじゃ意味がねえ」
「そ、そりゃたしかに……。けっ、けど、安全装置はずした日にゃあ……」
危険どころの話ではなかった。リミッターをはずせば、すべての自動調節機能が解除される。ついでに、コックピット内の計器類もまた、作動しなくなることを意味した。
「目隠ししたまま命綱なしで崖っぷち全力疾走するようなもんですぜ?」
「まあ、そうなるな」
「と、飛べるんで……?」
「飛べなきゃやらせろとは言わねえよ」
力むでもなく飄々と応えるシリルに、しばし唖然とした表情を浮かべた同業者は、やがて意を決したようにきっぱりと頷いた。
「でしたら兄ィ、オレもお供させてください」
シリルは驚くでもなく、眉を上下させた。
「生命の保証はできねえぞ」
「天下の運び屋、シリル・ヴァーノンの操縦技術、間近に見れんなら死んだって悔いはありませんや。それに兄ィだって、さらさら死ぬ気なんざねえんじゃねえですかい?」
「まあ、な」
「だったら、こんなとこにぽっちで取り残されるよか全然マシでさぁ。オレなんかでもご一緒すれば、なんかのお役に立つかもしれねえですし」
「なら好きにすればいい。ただし、テメエのケツはテメエで拭いてもらうことになるぞ。おまえまでかまってる余裕はねえからな」
「オレだっていっぱしのプロですぜ。そのぐらい、覚悟のうえでさ」
自信を持って請け合う山賊のような風体の巨漢に、シリルは無言で残骸の中から見つけ出した医療用具を抛り投げた。
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