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第9章 奪還
第1話(1)
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意識が浮上した瞬間、シリルは跳ね起きた。
「……っく……っ」
直後、全身を襲った激痛に、思わず顔を歪めて躰を折り曲げる。
「あっ、兄ィ!」
その躰を気遣うように、骨太の無骨な手が支えた。
「ムチャしちゃダメっすよ。全身、とにかくひでえありさまなんですから」
「お…まえこそ、撃たれたんじゃ、なかったんかよ」
「オレは兄ィほどじゃねえんで、大丈夫です」
応えたマティアスの肩口からは、それでもかなりの量の失血の痕が見られた。
「いま、何時だ?」
「23時をまわったとこです」
答えて、質問の意図を理解したマティアスは、あれからまだ半時も経っちゃいません、と付け加えた。
「クッソ、情けねえ! なんてザマだっ」
己の不甲斐なさに歯噛みするシリルに、強面の巨漢は精一杯その身を縮めて謝罪した。
「すんません、兄ィ。病み上がりの躰だってのに、オレがあとさき考えねえでドアなんか叩いちまったもんだから……」
「おまえのせいじゃねえよ。ほんのちょっとの時間だと油断して、テントから離れた俺の責任だ」
「嬢ちゃん、大丈夫ですかね?」
不安げな問いかけに、シリルは答えなかった。
テントを離れるべきではなかった。マティアスに言ったとおりである。届けられた情報をチェックするあいだの、ほんのわずかな時間。そう油断したのは自分だった。
少しでも早く情報量を増やして、考える時間がほしかった。『鍵』としてのリュークの扱われかたを予測しておくことで、王都に着いて以降、こちらの出かたも変える必要が出て来るかもしれない。そう思ったからだ。
自分に心を開き、求めてくるようになった手を、せめて他者との関係をうまく築けるようになるまでは放さずにいてやりたかった。それなのに――
『シリルッ! いやですっ、放してっ! シリルッ!!』
呼吸器の切り替えすらも忘れ、無我夢中で自分を求めるあまり、クスリを嗅がされて人事不省に陥った取り乱した姿。
あんなにも必死に伸ばしてきた手を、掴んでやることができなかった。
なぜ、いちばん肝腎なあのときに……。
拳を握りしめ、奥歯をきつく噛みしめたシリルは立ち上がった。
「あっ、兄ィ!」
「悪ぃな、ちょいと傷の手当てを頼む。このままじゃ血が流れすぎる」
「そ、そりゃもちろん……」
「それと、手当てが済んだら、もうひとつ頼みを聞いてくれ」
「もうひとつって」
「おまえの空陸両用機、俺に譲ってくれ。もうワンランク上の機種が買えるぐらいのイロはつけるからよ」
あまりに思いがけない申し出に、人相の悪い巨漢は腰を抜かさんばかりに喫驚してひっくり返った叫声を発した。
「ゆっ、譲ってくれって――ちょっ、どっ、どっ……いっ、いったいどういうわけでっ!?」
「どうもこうもねえよ。すぐに追っかけるからに決まってんだろ。俺のイーグルはいま、ジェットエンジンへの切り替え機能がイカレてて飛ばねえんだよ。ブラック・バードは飛べんだろ?」
「いや、そりゃもちろん飛べますが……」
崩れたテントの中にある医療用具を取りに行こうとしたシリルの目に、仰向けに倒れた女の姿が留まる。パイプで心臓をひと突きにされ、絶息したその目は、宵闇に煌めく星空を映していた。
12年前と、まるで変わらぬその姿。
「……っく……っ」
直後、全身を襲った激痛に、思わず顔を歪めて躰を折り曲げる。
「あっ、兄ィ!」
その躰を気遣うように、骨太の無骨な手が支えた。
「ムチャしちゃダメっすよ。全身、とにかくひでえありさまなんですから」
「お…まえこそ、撃たれたんじゃ、なかったんかよ」
「オレは兄ィほどじゃねえんで、大丈夫です」
応えたマティアスの肩口からは、それでもかなりの量の失血の痕が見られた。
「いま、何時だ?」
「23時をまわったとこです」
答えて、質問の意図を理解したマティアスは、あれからまだ半時も経っちゃいません、と付け加えた。
「クッソ、情けねえ! なんてザマだっ」
己の不甲斐なさに歯噛みするシリルに、強面の巨漢は精一杯その身を縮めて謝罪した。
「すんません、兄ィ。病み上がりの躰だってのに、オレがあとさき考えねえでドアなんか叩いちまったもんだから……」
「おまえのせいじゃねえよ。ほんのちょっとの時間だと油断して、テントから離れた俺の責任だ」
「嬢ちゃん、大丈夫ですかね?」
不安げな問いかけに、シリルは答えなかった。
テントを離れるべきではなかった。マティアスに言ったとおりである。届けられた情報をチェックするあいだの、ほんのわずかな時間。そう油断したのは自分だった。
少しでも早く情報量を増やして、考える時間がほしかった。『鍵』としてのリュークの扱われかたを予測しておくことで、王都に着いて以降、こちらの出かたも変える必要が出て来るかもしれない。そう思ったからだ。
自分に心を開き、求めてくるようになった手を、せめて他者との関係をうまく築けるようになるまでは放さずにいてやりたかった。それなのに――
『シリルッ! いやですっ、放してっ! シリルッ!!』
呼吸器の切り替えすらも忘れ、無我夢中で自分を求めるあまり、クスリを嗅がされて人事不省に陥った取り乱した姿。
あんなにも必死に伸ばしてきた手を、掴んでやることができなかった。
なぜ、いちばん肝腎なあのときに……。
拳を握りしめ、奥歯をきつく噛みしめたシリルは立ち上がった。
「あっ、兄ィ!」
「悪ぃな、ちょいと傷の手当てを頼む。このままじゃ血が流れすぎる」
「そ、そりゃもちろん……」
「それと、手当てが済んだら、もうひとつ頼みを聞いてくれ」
「もうひとつって」
「おまえの空陸両用機、俺に譲ってくれ。もうワンランク上の機種が買えるぐらいのイロはつけるからよ」
あまりに思いがけない申し出に、人相の悪い巨漢は腰を抜かさんばかりに喫驚してひっくり返った叫声を発した。
「ゆっ、譲ってくれって――ちょっ、どっ、どっ……いっ、いったいどういうわけでっ!?」
「どうもこうもねえよ。すぐに追っかけるからに決まってんだろ。俺のイーグルはいま、ジェットエンジンへの切り替え機能がイカレてて飛ばねえんだよ。ブラック・バードは飛べんだろ?」
「いや、そりゃもちろん飛べますが……」
崩れたテントの中にある医療用具を取りに行こうとしたシリルの目に、仰向けに倒れた女の姿が留まる。パイプで心臓をひと突きにされ、絶息したその目は、宵闇に煌めく星空を映していた。
12年前と、まるで変わらぬその姿。
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