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第8章 急襲

第1話(3)

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 折りたたみ椅子に座り、肩にひっかけただけのシャツのポケットから煙草を取り出す。口にくわえたそれへ、すかさず火を寄せたマティアスをチラリと見やって、シリルはさりげなく口を開いた。

「それで? もし修理費が発生するような事態になってたら、おまえ、本当にあいつに躰で払わせる気だったのか?」

 途端に筋骨隆々とした大男は椅子から転げ落ちた。

「とっ、とんでもねえっ! また兄ィにぶっとばされるなんざ冗談じゃねえっすよ!」
 目をいて本気であわてふためく男の様子を見て、シリルは苦笑した。

「べつにぶっとばそうと思って訊いたんじゃねえよ。あいつがかけた迷惑は俺の責任だからな。修理費が発生したなら俺が払う。そういう意味だ」
「いや、べつにそんな。そこまでしていただくほどじゃ……。実際、どこもなんともなかったですし」
 マティアスはもごもごと歯切れ悪く答えた。

 シリルは内心でやれやれと嘆息した。リュークの言う『躰で払う』は、自分にかけられている保険金のことを指しているのだろう。しかし、事情を知らない人間が聞けば、あらぬ誤解を招くとんでもない言いまわしである。今後は言葉の選びかたについても気を配ってやる必要がありそうだと、吸いこんだ紫煙を吐き出した。

「だいたい、あんな姿見ちまったら、どっかにぶつけられてようが木っ端微塵にされちまおうが、文句言う気にもなれねえっすよ」

 椅子に座りなおしたマティアスは、ポツリと言った。
 シリルの手当てにあたるリュークはあまりに必死で、見ているほうが痛々しくなるほどだったという。はたで見ていたマティアスのほうが心配になり、食事や飲み物を調達して幾度か差し入れたが、リュークはそれらに手をつけることさえしなかった。そのことが気掛かりだと、無骨な同業者は太い眉を曇らせた。

「正直、店で見かけたときは、ただ綺麗なばっかでおもしろみのねえ、すましたお人形だと思ってたんですが、あんな姿見たら、こんなオレでも心動かされまさあ」

 見かけによらず人情家なのか、マティアスはそう言って洟を啜った。その直後、


「シリルッ!!」


 背後のテントから、とうのリュークが飛び出してきた。
 すぐ目の前で折りたたみ椅子に座り、煙草を銜える男の姿を見るなり、綺麗なだけのお人形と言われた麗人はその背中にしがみついた。

「なんだおまえ、もう起きたのか? もうちょっと寝てろ」

 肩越しにシリルが頭に手を置くと、その頭が肩口に伏せられたまま左右に振られた。

「悪かったな、不安にさせて」

 言いながら、躰の向きを変えたシリルは正面からその痩身を抱き返した。切り替え機能がついているから、長期間飲まず食わずでも餓死することはない。そう断言していたにもかかわらず、腕の中の華奢な躰は、たった3日でさらに肉が薄くなっていた。
 居合わせた巨漢が、目のやり場に困って顔を赤らめている。リュークが相手だと、どうにもその外見のせいで同性であるという意識が薄れるらしかった。

「おまえ、ちゃんと食ってないんだって? しっかり食わねえと体力持たねえぞ」

 声をかけても、リュークはシリルにしがみついて応えない。シリルは苦笑すると、言いかたを変えて声のトーンに諧謔かいぎゃくを滲ませた。

「俺の腹が減ったんだよ。大量に血ィ流したからな。栄養不足と貧血でぶっ倒れそうだ」

 言った途端に、リュークは蒼褪めた顔をパッと上げた。

「すぐに用意します」

 立ち上がるなり、短く応えて身を翻す。そして、イーグルワンへ駆けていった。
 その様子を呆気にとられて見ていたマティアスが、リュークの姿が完全に消えるのを見届けてから振り返った。シリルはそれへ向かって無言で肩を竦めてみせた。
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