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第6章 変化

第2話(3)

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 見るのは、おなじ場面ではない。だが、おなじ人物のたどった記憶であることがわかる。時系列はバラバラ。毎夜見るわけではない。そう思っていたところ、頻度が上がってくるのが自分でもわかるようになった。同時に、睡眠の深さに応じて、ひと晩に見る夢の回数も増えていった。自分とおなじ姿をした、自分ではない人物の苦悩、焦燥、嘆き――
 自分の中に流れこんでくる感情の奔流。

 シリルとの交流を通じて感情のひとつひとつを確かめながら自分のものにしていくとともに、リュークはその夢によっても深い懊悩おうのうというものを体感していくことになる。

 シリルと出逢う以前には、見ることのなかった『夢』。

 それが、研究所を出たことやシリルとのかかわりの中でなんらかのスイッチが入ったのだろう。目覚めて実感する重苦しさが、『滅入る』ということなのだとはじめて知った。夢の中の人物のあまりの絶望の深さに耐えられなくなり、夜中に目が覚めるようにもなった。その頻度も、夢を見る回数に比例して飛躍的に増えていった。そういった過程の途中でリュークが打ち明けたため、シリルはその変化に随時対応していくようになった。

 テントの中で、はじめて心音を聴かせたことが一種の刷りこみになったのかもしれない。抱き寄せた腕の中で、シリルの胸に耳を当てると、強い硬張りが解けて安心した表情を見せるようになった。悪夢に襲われたときでも、そうしてやることで眠ることができる。性的な意図もなく他人と抱き合って寝るなど、シリルにとってもついぞ経験のないことだったが、人慣れしていないヒューマノイドがそれで安心できるというのなら、その程度の手間など造作もないことだった。


 いまもまた、リュークはいつしか、シリルの腕の中で静かな寝息を立てはじめていた。彫刻のように整った優艶ゆうえんな造形美が、悪夢から目覚めた直後の緊張と不安を解いて穏やかなものに変わっている。どれほどの悪夢に苛まれようと、シリルを気遣って叫び声を押し殺し、独りでその恐怖と不安に耐えようとする様子がいじらしい。それは、リュークに限定された特性ではなく、本来の遺伝子を有していた人物そのものが、そのような細やかな配慮をする人間だったということを意味している。

 前国王イアン・アルフレッドに仕えたバイオテクノロジーの第一人者。
 そのイアンは、7年前に53歳の若さで病歿していた。くだんの人物は、その病に関する研究に従事していたということか。

 王家の血の呪い――リューク自身がその呪いに関係した問題を解くための『鍵』となる。そういう認識で間違いないのだろう。そのための王都行き。とすれば、先王につづいて現国王、クリストファー・ガブリエルにも呪いの余波が及んでいることになる。さらにもうひとつ気になるのが、シュミット研究所を大破させて研究員らを皆殺しにし、いまなお民間の軍事組織を刺客として送りつづけている王室管理局の存在である。
 主に王室の財政面に関する管理を担当しているこの機関が、どのような事情で王家の問題に関与し、『鍵』を横取りしようとしているのか。

 いずれにせよ、キュプロスを出立してからじきに、王都まで残り半分の行程に差しかかろうとしている。この先にこそ、危険な罠が仕掛けられていることは間違いなかった。

 無事、リュークを王都に送り届けられるかどうかは、すべてシリルの手腕にかかっていた。
 だが、無事に送り届けたとして、その先は――

 己の腕の中で、胸から伝わる鼓動を子守歌がわりに眠る白皙の美貌を見やりながら、シリルはその行く先にあるリュークの未来が平穏であるよう、願わずにはいられなかった。
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