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第4章 渓谷のオアシス
第3話(8)
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しばらくじっとしていたリュークは、やがてわずかに顔を上げてシリルを見上げた。
「ラーザという人物は、また追ってくるでしょうか?」
真剣な眼差しで問われ、そんなことを考えていたのかとひそかに感心しつつ、シリルは表向き、なんでもなさそうに応じた。
「まあ、あのままあっさり砂嵐に呑まれるタマじゃないことはたしかだな。遅かれ早かれ追ってはくるだろうが、今夜中にどうこうなるようなことはない。だからおまえは、心配しなくて大丈夫だ」
「ここまでは来られないということですか?」
「砂嵐が通りすぎたところで、これだけの強風が吹き荒れてる状態だ。峡谷の中に機体を乗り入れればひとたまりもない。あっという間にバランスを崩して壁に激突する。自殺行為とわかっていて無謀な真似をすることはないだろう」
その自殺行為を、あっさりしてのけた張本人が言うのだから説得力はまるでなかった。だが、シリルの操縦技術が常人のそれとは一線を画していることを、理解力の高いヒューマノイドはすでに明確に認識している。ゆえに、いまの説明について、なんら矛盾をおぼえることなく受け容れたようだった。
「それに、おそらくこの場所は、俺以外に知る者はまだだれもいない」
おそらく、と言いつつ、シリルは確信をこめて断言した。足を踏み入れる者がいるなら、わずかながらも痕跡が残る。その痕跡がないことをもって、今夜中の他者の侵入はないことを見通していた。
「これまでだれにも見つけられずにきた場所を、こんな時刻に見つけ出すのが容易じゃないことはおまえにもわかるだろう? それに、さっきも言ったとおり、敵が近づけばその気配を俺が取り逃すことはない。だからおまえは、余計なことに気をまわさず、休めるときにゆっくり躰を休めておけ。傷の回復にも影響するし、明日もまた、追っ手次第ではどうなるかわからない」
わかったな、と説いて聞かせるシリルを、透きとおるような美貌がじっと見返す。そして、「はい」と頷いた。
シリルを振り仰いで上向けていた顔を、リュークはもとに戻し、そのまま素直に目を閉じた。緊張で硬くしていた躰は、言葉を交わしていくうちにいつしか硬張りが解けていた。
母親の胎内での記憶が無意識の中に刻まれるからか、鼓動は、人間の不安を取り除き、深い安堵をもたらすという。ヒューマノイドであるリュークに胎児の記憶は存在しなくとも、受け継いでいる遺伝子保有者の情報が存在するなら効果は期待できる。シリルの咄嗟の行動が的を射ていたのかどうかは不明であるが、抱き寄せられた胸に耳を押しあてるように身を寄せていたリュークは、やがて規則正しい寝息をたてはじめた。
躰の構造の6割が生身であることを知らずに放置していたなら、おそらくは睡眠すら必要はないのだと、休息を取ることもしなかっただろう。思って、シリルは内心でやれやれと嘆息した。
頭の中にある地図をひろげて今後の経路を幾通りもシミュレーションしながら、シリルもまた、己を包みこむ闇に身を委ねるように静かに目を閉じた。
「ラーザという人物は、また追ってくるでしょうか?」
真剣な眼差しで問われ、そんなことを考えていたのかとひそかに感心しつつ、シリルは表向き、なんでもなさそうに応じた。
「まあ、あのままあっさり砂嵐に呑まれるタマじゃないことはたしかだな。遅かれ早かれ追ってはくるだろうが、今夜中にどうこうなるようなことはない。だからおまえは、心配しなくて大丈夫だ」
「ここまでは来られないということですか?」
「砂嵐が通りすぎたところで、これだけの強風が吹き荒れてる状態だ。峡谷の中に機体を乗り入れればひとたまりもない。あっという間にバランスを崩して壁に激突する。自殺行為とわかっていて無謀な真似をすることはないだろう」
その自殺行為を、あっさりしてのけた張本人が言うのだから説得力はまるでなかった。だが、シリルの操縦技術が常人のそれとは一線を画していることを、理解力の高いヒューマノイドはすでに明確に認識している。ゆえに、いまの説明について、なんら矛盾をおぼえることなく受け容れたようだった。
「それに、おそらくこの場所は、俺以外に知る者はまだだれもいない」
おそらく、と言いつつ、シリルは確信をこめて断言した。足を踏み入れる者がいるなら、わずかながらも痕跡が残る。その痕跡がないことをもって、今夜中の他者の侵入はないことを見通していた。
「これまでだれにも見つけられずにきた場所を、こんな時刻に見つけ出すのが容易じゃないことはおまえにもわかるだろう? それに、さっきも言ったとおり、敵が近づけばその気配を俺が取り逃すことはない。だからおまえは、余計なことに気をまわさず、休めるときにゆっくり躰を休めておけ。傷の回復にも影響するし、明日もまた、追っ手次第ではどうなるかわからない」
わかったな、と説いて聞かせるシリルを、透きとおるような美貌がじっと見返す。そして、「はい」と頷いた。
シリルを振り仰いで上向けていた顔を、リュークはもとに戻し、そのまま素直に目を閉じた。緊張で硬くしていた躰は、言葉を交わしていくうちにいつしか硬張りが解けていた。
母親の胎内での記憶が無意識の中に刻まれるからか、鼓動は、人間の不安を取り除き、深い安堵をもたらすという。ヒューマノイドであるリュークに胎児の記憶は存在しなくとも、受け継いでいる遺伝子保有者の情報が存在するなら効果は期待できる。シリルの咄嗟の行動が的を射ていたのかどうかは不明であるが、抱き寄せられた胸に耳を押しあてるように身を寄せていたリュークは、やがて規則正しい寝息をたてはじめた。
躰の構造の6割が生身であることを知らずに放置していたなら、おそらくは睡眠すら必要はないのだと、休息を取ることもしなかっただろう。思って、シリルは内心でやれやれと嘆息した。
頭の中にある地図をひろげて今後の経路を幾通りもシミュレーションしながら、シリルもまた、己を包みこむ闇に身を委ねるように静かに目を閉じた。
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