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第4章 渓谷のオアシス

第3話(7)

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 一連の出来事が終熄したとき、のぼった被害は敵味方ともに甚大な数となっていた。瀕死の重傷を負って病院に搬送されたラーザは、かろうじて一命だけは取り留めた。前代未聞の不祥事と惨劇を巻き起こした男が、軍令違反のみならず、殺人罪にも問われたことは言うまでもない。だが、集中治療室に入って数日後、その姿は忽然と病院から消える。司法警察のみならず、連邦捜査局も乗り出しての大捜索となったが、その行方はようとして見つからなかったと聞く。問題があったのは、あくまでラーザの異常性を見抜けずに契約を結んだ雇用主の側にあり、シリル自身、この件で部隊長としての責任を問われることはなかった。しかし、なんとも後味の悪い任務だったことは否めなかった。それから2年。まさかこんなかたちで再会することになろうとは――


 照明を落とした闇の中、思考をめぐらせるシリルの耳に、鋭い悲鳴のような音が突き刺さる。谷間を吹き抜ける強風が立てる、砂嵐の名残だった。
 すぐ横で、毛布にくるまる背中がかすかに身じろぎするのが気配でわかった。

「眠れないのか?」

 じっと息をひそめている相手に声をかけると、リュークはわずかな逡巡の後にゆっくりと躰を反転させ、シリルのほうに向きなおった。

「風の音が、うるさすぎるか?」

 尋ねたシリルに、美貌のヒューマノイドは囁くような声で「いえ」と応えた。その瞬間、上空でホイッスルのような音が響きわたった。直後に強風を受けた天幕が激しい音を立ててはためき、骨組みが大きく軋む。シリルの口から、不意に苦笑が漏れた。闇に慣れた目が、リュークの躰を覆う毛布がピクリと動くのをとらえていた。

「なんだおまえ、風の音も苦手か」

 声を立てずに笑ったシリルは、すぐさま、それもまたやむを得ないことかと得心する。さんざん緊張状態を強いられたあとの野宿である。布1枚を隔てた向こうは外という状況は、あらゆることに不慣れなこのヒューマノイドにとって、さまざまな憶測を掻き立てるものであるに違いない。

「大丈夫だ。敵が近づけばすぐにわかる」
 穏やかに言い聞かせ、シリルはリュークの躰を引き寄せた。

「余計なことに神経尖らせてないで、心臓の音でも聞いてろ。そのうち落ち着いて眠れる」

 強風が紡ぎ出す不吉な悲鳴と天幕の不気味なはためき。双方の雑音を遮断するように、シリルはリュークの頭をみずからの胸の中に抱きこんだ。リュークはされるに任せてじっとしている。大きな子供をあやしているような、妙な気分だった。
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